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ある病気に悩まされる24歳女性のA子さん。母親と訪れたのは3か月に一度の定期検診である。中学生まで元気に歩いて学校に通っていた彼女だったが、次第に転びやすくなったり手や足に力が入りにくくなり今では車椅子や歩行器が手放せない状況になったという。発祥から10年以上となる彼女の病にはまだ名前がついていない。検査を重ねてもその原因は特定できず、医療が進歩を続ける現代においても診断がつかないでいる。彼女のように原因や病名が特定されていない状態が「未診断疾患」となっている。具体的な診断名がついていないことによって、正しい治療法や経過予測が立てられず、今出ている症状に対しての対応に留まってしまう。国立精神・神経医療研究センター理事長特任補佐の水澤英洋医師は医療が進歩した現代でもこうしたケースは少なくないという。全国におよそ約3,300人に1人の割合でいるとされる未診断患者。国のプロジェクトである未診断疾患イニシアチブ「IRUD」では全国各地に拠点病院や協力病院を設置し、未診断疾患の診断の確定を目指している。診断がつかないことで正しい治療が進まず、患者にとっても医師にとってもゴールの見えない戦いが未診断疾患の恐ろしいところである。未診断疾患は診断がついていないために当事者同士でつながることが難しく、孤立してしまうことが多いという。そんな未診断疾患に悩む人々のネットワークを作る活動を行っている人が北海道にいた。雪深い中迎えてくれたのは山崎亮子さん。彼女もまた未診断疾患の当事者である。免疫の異常から神経や筋肉に影響が出ていると考えられているそうだが、まだ診断名がついていない。料理を手伝うのは息子の颯太さんである。週に2回の訪問看護を受けながら自宅で療養している。山崎さんの体に異変が現れたのはおよそ16年前で息子の颯太くんはまだ小学生であった。症状が出始めてから今までの間、10か所以上もの病院を巡り様々な検査を受けたという。定期的にCT検査を受け、蓄積されたデータから肺の状態に変化があったという。肩甲骨周りのCTのデータを比べると、およそ7年のうちに肺の大きさが小さくなっていることがわかった。その原因は神経の異常か筋肉の異常かは定かではないといい、医師からは人工呼吸器を勧められ今では日常生活の一部となっていた。現在国内には様々な難病や疾患に対して患者団体や支援団体が数多く存在している。しかし診断名がついていない未診断の患者はどの団体を頼ればいいのかという状況を受け、診断名のない人々の支えになれるようにと患者や家族が交流し支え会える情報交流コミュニティを立ち上げた。
そんな山崎さんの団体に参加していて自身も未診断患者だという南摩周さん。アートや音楽を通じた地域交流ボランティアをしながら夫と2人で暮らしている。全国各地の病院に行き様々な検査を受けても診断名がつかず、現在も未診断のまま何の前触れもなく手足の力が抜けてしまったり日常生活の中で予測できない発作が出てしまうという。大学に進学し教員免許を取得するための教職課程を履修していたというが、体調の心配から教員への道を諦めざるを得なかったとのこと。大学卒業後は福祉に関わる会社に就職したが、その後退職し現在は自宅でできる内容などに整備し体調に気をつけながら生活をしている。この日も普段通り仕事をしていると未診断疾患の症状が出ていた。
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名前のつかない病を抱える南摩周さん。普段通り仕事をしていると突然手の硬直や震えが起き、今はうまく付き合いながら日常を送るしかなくなっていた。薬や治療法が見つかっていないため、自分なりに症状を落ち着かせるための対策を取っていた。大学院で同じ研究室だった夫の弘登さんは出会った当初に発作を目の当たりにした際のことについて話した。自ら研究もしている南さんは発症から10年以上病気と向き合ってきたという。葛藤はありながらも今は精神疾患としての福祉サービスを受けている。自分の体に起きている疾患がわからないまま生き続けるという事情が現在の進歩した医療にもあるという。指定難病には現在348疾病が認定されていて、その難病の患者は医療費助成制度などが適用されている。認定されるためには客観的な診断基準などが確立していることなどが必要条件であるため、未診断疾患は指定難病には当てはまらない。一方で未診断疾患と似たケースとして、心の病が原因で体に異常が出ることもあり注意が必要だという。そんな中いくつもの検査の末に診断名がついた患者がいた。
ようやく診断名がついたという2歳の女の子。「シア・ギブス症候群」とは発達がゆっくりになるなどの症状が出る遺伝性疾患で約8万人に1人の割合で発症するという。乳幼児健診で発達の遅れが指摘され、その後診断名がつかない日々が長く続いた。検査を進めていく中では一時「シア・ギブス症候群」とは別の病気の可能性を指摘されたという。検査をし始めてからおよそ1年後、遺伝子検査によってようやく診断名がついたとのこと。春の訪れを感じるこの日、東京の病院に山崎さんの姿があった。現在IRUDにおける未診断疾患の診断率はおよそ49%であり、半数以上の人が今もなお名前のつかない病と共に生きている。
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