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オープニング映像。ザ・ノンフィクションは2025年10月で放送30周年。そこに映されていた人々の「その後」の物語を5週連続でお届けする。第2弾は1998年から取材が始まった番組史上最長20年の物語。
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- シドニーオリンピック産経新聞高橋尚子
兵庫県の山奥で自給自足の生活をする大森家を取材した。父親の昌也さんと息子が3人、娘が3人の7人家族。自らを「百姓家族」と名乗っていた。昌也さんは若い頃は学生運動に明け暮れた。長男ケンタくんがアレルギー体質だったこともあり、徒輩を離れたいと思い始めた。大地と触れる生活をするうち、ケンタくんのアレルギー体質も改善された。奥さんはある日、6人の子どもを置いて出て行ってしまった。末っ子の双子は10歳にして刃物の手入れをしていた。子どもたちはあまり学校に通っていない。家の仕事が終わらないと学校に行けない。卵を産まなくなった鶏を食用にするのを長女のちえは嫌がった。
大森家で育てている野菜は30種類以上。次男のげんくんは野菜作りに熱心だった。母屋の隣にはパン焼き小屋がある。天然酵母で添加物のないパンをげんくんが焼いている。パンは全国の支援者に送り生活費の足しにしている。三男のユキトくんは山の中の生活があまり好きではないと語っていた。2000年、ユキトくんは家を出て麓にある大規模農家で住み込みのアルバイトを始めた。数日後、ユキトくんはバイト先も飛び出し東京へ向かった。大手プロダクションの研究生として無料で演技のレッスンを受けていた。次男のげんくんは時々山を降りて解体業のアルバイトを始めた。2002年の春、自給自足の生活をしてみたいという若い女性が大森家に住み込みで研修に来た。梨紗子さんは大森家の家族にもすぐに溶け込んだ。げんくんと梨紗子さんには実家の近くに土地を借りて自分たちの手で家を建てる計画があった。1年が過ぎたころ、計画は実現化に向け動き出した。
2003年、げんくんと梨紗子さんの結婚式が開かれた。結婚式から3か月、手作りの家が完成。末っ子の双子のれいちゃんは夜間高校に通い高校卒業の資格を取るため頑張っていた。子どもと接するのが好きなあいちゃんは幼稚園でアルバイトをしていた。実家近くに古い民家を買い、長男ケンタさんは暮らしている。ケンタさんは11年前に結婚、3人の子どもにも恵まれ自給自足の生活をしている。6人の子どもたちは全員出ていき、お父さんは前立腺がんに犯されていた。それから2年が経ち、がんは転移した。
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余命宣告を受けたお父さんは上顎洞がんで左目を切除した。大阪で学校に通うれいちゃんを除いた5人が久しぶりに集まった。緩和ケアの病棟に入院した。山を降りた妻と21年ぶりに再会した。2016年3月24日、昌也さんは亡くなった。
2025年8月、久しぶりに大森家を訪ねた。母屋に人気はなく、畑は荒れ放題だった。22年前に建てたげんさんの家を訪ねた。
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- 朝来市(兵庫)
今も変わらず手作りの家に暮らしていたげんさん夫婦。収入の多くは農作物の販売で得ているという。食べ物は今でもほとんど自給自足だが、お父さんのように市販品への抵抗はないという。お父さんの方針とは違い、子どもたちもみな学校に通わせた。げんさんは時折、空き家となった実家に出向きパンを焼き上げる。天然酵母のパンにはファンも多く、全国から注文が殺到。げんさんは最近、母屋をリフォームした。妹家族が里帰りしたとき、気持ちよく宿泊できるよう床を張り替え、サッシも入れた。長女のちえさんは家庭を持ち元気だそう。双子の1人れいさんは看護師の資格を取った。もう1人のあいさんは写真撮影とウェブ制作のプロフェッショナル。ユキトさんはアウトドア施設の経営者に。長男のケンタさんは鳥取に引っ越し家族に囲まれている。
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