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オープニング映像。
茨城県日立市の「塙山キャバレー」。この日はコロナ禍以来中止されていた秋の屋台祭りは7年ぶりに開催されていた。この頃、塙山キャバレーの立ち退きが噂されていたため、店のママたちが結束を固めようとしていた。立ち退きが噂が収まることはなく、広がり続けていた。1980年代にも立ち退き問題が持ち上がっていた。その時の和解条項に賃貸契約は1995年までとなっており、土地も明け渡さねばならないことが明記されていた。そこから30年、大家の温情でなんとか続けてこられたが、年々店が減っていく中いよいよかとなっていた。
10年来の常連客、高野さんは東京に暮らしながらこの町に残した母の介護のために時折帰ってくる人だった。2022年に亡くなった常連客のぼるちゃんは生活保護を受けていたため、一杯のビールを何よりの生きがいにしていた。中にはそうした暮らしぶりを非難する客もいた。そんな時、盾になっていたのが高野さんだった。のぼるちゃんは中学を卒業するまで児童養護施設で育った。それから職を転々とし、ようやく塙山キャバレーにラーメン店を出したのは40歳の頃。60歳を過ぎた頃、冷蔵庫の漏電により出火し周囲の店が5軒も焼け落ちた。
立ち退きが噂が一向に収まらない中、塙山キャバレーを縁に孤独な日々を生きる人がいた。まあちゃんと呼ばれる常連客はある日を境に姿を見せなくなった。めぐみママが直接家を訪ねてみることにした。これまで4人の客の孤独死を見つけた人だ。まあちゃんは日雇で工事現場に行った際、作業服のポケットに2か月分の年金を入れたまま脱いでしまいお金を取られてしまったという。電気代はめぐみママが建て替えることになった。
2025年11月、ママたちが集まり本音で話し合うことになった。2025年に開店した「塙山女子大学」と「なおちゃん」の賃貸契約は2028年3月末まで。それ以降の更新はしないという条件だった。「塙山女子大学」の店長は、いつまでも昭和のこういうシステムが残っているとは思えないから引き際を決めないといけないと話した。話し合った結果、大家との交渉は「ふじ」のママと「わいわい」のママ、会長のめぐみママの3人が年明けをメドに行うことになった。常連客の間では「ふじ」のママが恐れていた署名運動という事態が起きていた。12月、京子ママの店が閉まったままになっていた。
塙山キャバレーの存続をかけた大家との交渉の日が近づく中、店には新たな客もやってくるようになっていた。2025年12月30日の夜、涙ながらに語り合う親子連れがいた。5年前の12月30日の夜、かつて娘を置いて家を出た1人のママが娘と20年ぶりに再会した。
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2025年12月31日、塙山キャバレーの店の多くが客でいっぱいだった。一番端に店を構える「ラブ」は客がいない店でママが1人テレビにかぶりついていた。取材を始めた6年前、涙ながらに歌っていた。複雑な事情から子どもを置き去りにしたまま夫のもとを逃げ出して塙山キャバレーにたどり着いたママのもとを娘が訪ねてきたのは2020年の暮のことだった。しかし、当時ママの内縁の夫で店の経営も支えてくれたかっちゃんがガンを患い亡くなった。店の契約もままならないほど経営に行き詰まったママはアパートに閉じこもり餓死寸前になるまで追い込まれていた。その時手を差し伸べてくれたのが周りのママたちだった。京子ママの店は年が明けてもまだ閉まったままだった。
大家との交渉当日、大家からは「そんなこと言った覚えがない」「逆に何年やりたいですか?」と言われたという。たった一つ出された条件はママたちが店をやめればその建物は取り壊していくというもの。京子ママには電話で連絡。京子ママは膝の調子が悪いから休んでいたという。賃貸契約の更新がかなった2026年3月末、ママたちは全員揃って草むしりをした。
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