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オープニング映像。
権藤俊男さんは隣に住む女性が20歳になった記念の手形を作った。権藤さんは日本でたった1人しかいないデスマスク職人。20歳の時、交通事故に遭い寝たきりになっていたという故人。今回の以来は30年以上自宅で介護を続けた母親からのものだった。作り方は顔の周りに枠を作り、その中にシリコンを流し込む。今その作業を受け持っているのは弟子の安田さん。デスマスク作りは家族が葬儀の段取りに追われる中、荼毘に付される前の短い時間が勝負。顔の型が取れるとそれを持って鋳造所に向かう。先ほど取った型から銅を流し込むための型を作り銅を注ぐ。
恒平さんの顔型を取ってから3か月、家族にデスマスクを届けた。権藤さんがこの仕事を始めたのは両親の死の時に何も残せなかったから。福岡に産まれた権藤さんが彫刻家を目指したのはある個展を見たことがきっかけだった。たった1人の弟子の安田さんは今ではデスマスク作りの片腕。この仕事だけで食べていけるかという不安から就職活動に本腰を入れ始めた。
それから3か月、新たな依頼が舞い込んだ。そこには新たな弟子として1人の青年が付き添っていた。この日の依頼は10歳で亡くなってしまった娘さんの両親からだった。娘の美祈ちゃんは生まれつき18トリソミーと呼ばれる染色体異常や心臓の壁に穴が開くなど重い病を抱えていた。産まれた当初、医師から告げられた余命は1年。権藤さんの想いに心動かされ弟子入りを志願したのは元さんだった。元さんは大学を卒業し一度は就職したものの、職場の人間関係に苦しみうつ病を患って退職した。心が弱った人の辛さは誰より知っていて、この仕事こそ天職かもしれないと感じた。年に10件ほどしかデスマスク制作の仕事がないことは誤算だった。そこで始めたアルバイトがデイサービスの送迎ドライバー。
権藤さんのもとにまた1通、依頼のメッセージが届いた。依頼は顔だけでなく手型も取っておくことだった。手型の準備を元さんに任せようとした時、権藤さんは家族の前で元さんを叱ってしまった。元さんは説明もなく遺族の前で叱られたことが納得いかない様子。あれから1月ほど、元さんからは何の連絡もない。2月、完成したデスマスクを抱え愛知に向かっていたのは元さんだった。
納品に来たのは元さんの発言場だった美祈ちゃんのお宅。届けてこいと行ったのは権藤さんだった。デスマスクを受け取る家族を初めて目の当たりにした元さんはデイサービスの社長にも意見を聞いてみた。同僚たちにも相談した。
元さんは権藤さんにデスマスクの仕事を降りることを伝えた。権藤さんは精神科医の家族にデスマスクを届けた。
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