- 出演者
- -
オープニング映像。
増井孝充さんはテレビのカメラに映るためには努力を惜しまない。東京マラソンで最初に陣取った場所はメディア用の場所だった。次の場所は立ち止まることが禁止されていた。増井さんは看板を掲げながら歩くという力技を繰り出した。
増井さんは今、無職だ。週3回の日雇いの仕事で凌いでいる。通帳には4年前交通事故に遭い受け取ったという保険金が。増井さんの根城は月7000円のレンタルロッカー。荷物は基本、テレビに映り込むための応援グッズ。かつて会社員だったころはオシャレ好きだったという。海運会社に務める厳格な父と当時は高給取りだったという電話交換手の母に育てられた。当たり前に就職もしたが、その頃から有名人と写真を取るのが生きがいだった。夕食はまとめ買いで安く買ったパンや弁当をフードコートで食べ、その後ファストフード店で携帯を充電するのがルーティン。午前0時になるとロッカーへ戻りヒーター付きの超高性能ダウンジャケットを着て野外で寝る。
増井さんが映り込み以外にもう一つだけ生きがいにしているのが映画へのエキストラ出演。大林宣彦監督は色紙に「公認エキストラの帝王」と書いてくれるほど可愛がってくれた。良くも悪くもその世界ではちょっとした有名人。他のエキストラによると、増井さんは数々の現場で問題起こして出禁を食らっているという。撮影で増井さんは前に出すぎて助監督に注意された。
増井さんの三重の実家を訪ねた。すでに両親は他界し空き家になっているという。13年ぶりの里帰りで部屋の中は荒れ放題だった。人生を変えたというダウンジャケットを見せてくれた。
- キーワード
- 津市(三重)
増井さんの実家で子供の頃の写真を見つけた。2階には実家に暮らした頃の思い出が眠っているという。大ファンだったという木村拓哉さんと同型のジャケットを見せてくれた。赤福が再開するという時にこれを着て取材を受けに行った。その快感が映り込み人生の始まりだったという。その姿を見た会社の上司からは「仕事もしないで何してる、二度とテレビに出るな」と叱られた。東日本大震災で電力と部品が足りず休業が続くと増井さんは映画のエキストラにのめり込んだ。やがて退職を決意し映り込み人生を歩み始めた。両親の墓には20年近く来ていなかった。里帰りには全く別の目的もあった。増井さんは岡山県に向かった。
BEEF or FISH?とMr.サンデーの番組宣伝。
逃走中 シークレットミッション ~真実~の番組宣伝。
増井さんは山本由伸投手の故郷、岡山県備前市にやってきた。向かったのはWBC準々決勝のパブリックビューイング会場。前日に乗り込んだところで外で夜を明かすのはお手の物。取材カメラを見つけると早速動き出した。増井さんは終始カメラ向きだった。応援仲間もでき、そのうちの1人と連絡先も交換した。ある日の夜、増井さんは地元の川崎でたった1人の友人だという山ちゃんと待ち合わせ。
STARの番組宣伝。
