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オープニング映像。
24歳の風知さんはチンドン屋で修行中。賑やかな音と派手な装いで人目を引き、宣伝をするのがチンドン屋。チンドン太鼓と呼ばれる楽器は本来親方がメインで叩くもの。修行中の風知さんにとって現場で叩けるのは大きなチャンス。厳しい眼差しを向けるのは師匠の足立大樹さん。足立さんが大切にしているのは目の前の人たちに楽しんでもらうこと。
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- 稲毛区(千葉)
風知さんは都内のアパートで一人暮らし。チンドン屋の仕事は歩合制、月収は多くても5万円ほど。今は病院の夜間受付のアルバイトでしのいでいる。2001年、東京で生まれた風知さんはお母さんの影響でお囃子を習い人前に出るのが大好きな子どもだった。高校時代は演劇に熱中した。卒業後に就職したものの1年で退職。目標を失っていた時期にチンドン屋と出会った。周りを観察するのが大切だと足立さんは伝えたいが、慣れた分の壁に当たってるかんじだと足立さんは言った。チンドン太鼓の稽古で足立さんは、もう伝えることはないから一緒にやりながら学んでもらうと話した。
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- 中野区(東京)
風知さんのお母さんは福祉施設で働きながら女手一つで風知さんを育てた。チンドン屋の強みは賑やかな音、派手なパフォーマンスで街行く人に直接アピールできること。クライアントはSNSにはない宣伝効果を期待している。風知さんはやる気はあるが空回りしていた。取材を始めて3か月、足立さんからこのまま取材を受け続けるか検討したいと連絡があった。取材カメラの存在が風知さんの成長を妨げていると考えていた。話し合いの末、取材は継続することになった。
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- 三軒茶屋(東京)
都内有数の進学校で学んだ足立さんはチンドン屋が奏でる音に魅せられ名門「小鶴家」に21歳で弟子入り。25歳で独立した。最盛期には全国に2000人以上いたというチンドン屋。今は100人ほどと言われている。チンドン屋界隈にあるもんだの大きな原因は裾野が狭いことだと話した。昭和を生き抜いたチンドン屋の大先輩・小春さんはイバラの道だと風知さんに話した。
風知さんと足立さんたちは神田祭で演奏した。足立さんから卒業を告げられることを風知さんはまだ知らない。メンバーは仕事に応じて足立さんが選ぶ。この日呼ばれたのは大野萌生さん。自分の屋号を持つ若き親方だ。早稲田大学のチンドンサークルで活動した大野さんは会社勤めを経て足立さんのもとで1年ほど修行した。海外で日本語教師も経験しながら27歳で独立。足立さんは未熟だからこそあえて風知さんを卒業させるという。風知さんはバイトをクビになった。足立さん主催の練習会には高校生のこゆきさんが参加していた。こゆきさんはチンドン屋を続けながら大学へ進学し、保育士の資格を取りたいという。
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アルバイトをクビになり風知さんはアパートを引き払うことに。引っ越し先はお母さんが暮らす実家。2025年12月28日、風知さんは足立さんに呼び出された。2年を超えた師弟関係はこの夜、区切りを迎えた。2026年3月、風知さんは木材店にやってきた。
2026年3月、風知さんは初めてチンドン太鼓を作った。道具は師匠の足立さんが貸してくれた。自分の太鼓を作るということはチンドン屋として生きていく覚悟だ。2026年4月、風知さんは独立して親方になった。
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