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オープニング映像。
2023年5月、福島県南相馬市小高区角部内に活気が戻ってきた。田植えを行い笑顔を見せる荒木清一さん。荒木さんの故郷だったこの一帯は12年前津波に襲われ壊滅的な被害を受けた。当時、津波に追い打ちをかけたのが原発事故。荒木さんの自宅があった場所は立ち入り禁止区域となり、住民たちは住み慣れた地を追われた。震災前、荒木さんはお米を作りながら原子力発電所で働く兼業農家だった。地震が起きた時は福島第一原発で作業中で、地震が収まるのを待ち南相馬市の自宅に急いだが道中はどこも通行止め。4時間かけて自宅にたどりついた荒木さんは自宅が津波に流され妻のいく子さんが行方不明になっていると知らされた。いく子さんの遺体が確認されたのは地震から40日近くがたった頃で、すでに顔では判別できない状態だった。いく子さんは愛犬と母に先に逃げるようにいい、自分は自宅に留まって津波に流された。山に逃げ込んだ母は自宅が津波に流される様子を見ていたという。
震災から3ヶ月、荒木さんは埼玉県の姉のもとに避難していた母のテル子さんを迎えて仮設住宅で暮らし始めた。近くの寺に仮安置されていたいく子さんの遺骨の隣にはテル子さんの弟の遺骨が。弟さんは一度は避難したが家のガスの元栓を締めに戻り津波に飲まれた。1年が経ち、何度か一時帰宅をするうちに荒木さんは故郷の荒れ果てた惨状に弱音を吐くようになった。2012年の3月11日、被災者の追悼式に出席した荒木さんは初めてカメラの前で涙を流し故郷に戻ることができない無念を語った。
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新居が完成し新しい生活を初めた荒木さんの次の目標は米作りだった。原発事故による立ち入り禁止区域が解除となった後、地元に作られた復興組合とともに雑草の刈り取りや瓦礫の撤去を続けた。2016年、大切な家族だった愛犬が15歳で逝去。荒木さんは「私の心の支えだった。そんな犬だった」と語った。
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2018年、故郷を離れ別の地域で暮らす元の住民8人が角部内の営農組合を結成した。米作り再開の体制が整ったが、荒木さんは「原発事故がなければもっと早かっただろうね」と語った。23年3月、飼料用の米作りから田植えが開始された。最初は大きな田んぼを管理することに不安を見せていた荒木さんだったが、田植えが始まると笑顔をみせ「きょうは最高の日」と話した。
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2023年夏、猛暑に見舞われながらも稲は順調に育っていた。迎えた秋、震災後初めての稲刈りに臨んだ荒木さんは「長かったです。ようやっとここまでなったなってこと。本当に2,3年前まではどうなるんだろうというような感じでここで重機が動いていた」と振り返った。
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エンディング映像。