- 出演者
- ユースケ・サンタマリア 加藤綾子 天野ひろゆき(キャイ~ン) 速水もこみち 陣内智則 カンニング竹山 MEGUMI 石川恋 みやぞん トラウデン直美
オープニング映像。今回は秘境へ移住した女性&大正9年生まれ(秘)女性SP。
京都から島根県の山奥に移住した山本を取材。山本さんは1歳5ヶ月の男の子がいるシングルマザー。自宅は東京ドーム4個分の山付きで家賃は3000円だそう。山本さんは集落のみんなに支えられこの家で生活しており、山本さんは集落のために山の手入れなどを行っている。
山本さんはなぜ山奥に移住したのか?山本さんは内装を手掛けるデザイナーとして活動していた。いつも支えてくれた母に膵臓がんが発覚。すでに治療が困難な状態で、母の為にできることはないかと考え野菜や水を生産するため島根県の山の中に移住した。ゆくゆくは自然豊かなこの場所に母を受け入れる予定だったが移住から4ヵ月後にこの世を去った。深い悲しみに暮れるなか集落に完全移住を決めた。
長野県の山奥にある標高990mの集落を訪れた。知り合いから譲り受けた元住居兼陶芸工房に加瀬さんは住んでいる。その近所に住むドイツ出身の80歳の女性、ウーテさんに話を聞いた。ウーテさんはベルリンの壁の近くに住んでいたが、崩壊後に長野県にやってきたそう。ウーテさんの車に乗せてもらい、秘境の一軒家まで連れて行ってもらった。築100年以上の空き家を借りて暮らしている。持ち主の厚意で家賃はタダだが、山奥のためガスも水道も通っていない。テレビもなくあるのは固定電話だけだった。家では7匹の猫を飼っており、猫の部屋もあった。
長野の集落住むドイツ出身の80歳の女性、ウーテさんに話を聞いた。敷地内には畑もあり、しそやトマトなど18種類を栽培している。
ユースケ・サンタマリアが子育てについて、赤ちゃんは1年であんなに大きくなるんだなどと話した。
長野県の集落に住むドイツ出身の80歳の女性、ウーテさんに話を聞いた。家には豆を挽くコーヒーミルがあった。ガスがないため台所では窯で火を炊いていた。ドイツでは人気だという亜麻の種を使ったパンも焼いていた。生活用水は山から引いている。ドイツに住む友人から手紙が届いた。ウーテさんは熊鈴をつけたカゴを背負って大雨で河原に時々流れてくるという流木集めに向かった。囲炉裏で使う燃料は河原で調達している。家に戻ると窯で米を炊き、ソーセージ入りポテトサラダやモロヘイヤのコンソメスープを作った。ウーテさんは1942年に生まれ。19歳の誕生日を迎えた1961年8月13日、ウーテさんは西ベルリンから東ベルリン郊外へ行く電車を待っていた。後に、ベルリンの壁ができ電車に乗れなくなったことを知った、その時のことをはっきり覚えていると話した。ウーテさんが暮らしていたのは周りを東ドイツに囲まれた陸の孤島の西ベルリンだった。自由に旅行もできない中、日本の伝統文化や風景が載っていた本を読み日本に憧れていた。日本学が学べるテュービンゲン大学に進学し、水墨画に魅了された。43歳の時に浜松市に移住した。夫は浜松の大学で講師として働き、ウーテさんは日本でも水墨画を描き続けた。水墨画中心の生活になる中、58歳で離婚した。63歳の時、長野県の山奥で長崎冨士哉さんの工房を見つけ何度も足を運ぶようになった。またどんな命でも大切に扱う長崎さんの優しさに惹かれ、66歳の時に再婚した。
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- Google Earthshutterstock.comアフロエバーハルト・カール大学テュービンゲンベルリンの壁ベルリン(ドイツ)モロヘイヤユリヴィレッジ・シンガーズ亜麻亜麻色の髪の乙女備前焼加瀬春樹島谷ひとみ浜松市(静岡)諏訪(長野)長崎冨士哉
ウーテさんは長崎冨士哉さんと再婚したが、長崎さんは若い時から病気がちで、出会ったときにはすでに肺の病気が悪化した。体が動く限り仕事を続けた長崎さんをウーテさんはそばで支えた。そして長崎さんは78年で他界した。加瀬さんがキャンプの寝床として使っていた場所はウーテさん夫婦が焼き物をしていた釜だった。後に集落を訪れた春樹さん親子が譲り受け、ウーテさんもたびたび遊びに来ている。コーヒーミルや食器もも夫が作ったものだった。
104歳の石井さんを取材。住んでいるのは広島県尾道市。2人の姪の手を借りつつ普段はたった一人で生活している。元気の秘訣は朝・昼・晩食事はしっかりとること。また勉強ドリルで脳トレを行い、腹筋と柔軟体操が日課だという。
石井さんは大正9年生まれ。小学校の先生をしていたが太平洋戦争が勃発。戦争を生き抜いたものの104歳に至るまで山あり谷ありの人生を送ってきた。
加藤綾子は 毎日欠かさないルーティンについて、1日1つ新しいことを取り入れることをはじめ、ヨーグルトに塩麹を混ぜてクリームチーズなどを作っていると話した。
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- 石井哲代
大正9年生まれの石井さんを取材。小学校の先生をしながら太平洋戦争を生き抜き、1946年に同じ小学校の先生をしていた男性と結婚。それを機に現在暮らす家に嫁いできた。そんなある日のこと、夫が驚きの物を買って帰宅し、その物げ原因で夫婦の生活が一変した。
ある日石井さんの夫が電気釜をプレゼントしてくれた。画期的な家電のおかげで便利な生活を送れるようになったという。それから40年の月日が流れ夫は脳梗塞になり、8年間の闘病生活のすえ亡くなった。
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- 脳梗塞
取材時は104歳だった石井さん。約2年後に連絡を取ってみると今年4月29日、なんと106歳に。しかも昨年は映画にも出演したという。
取材時は104歳だった石井さん。約2年後に連絡を取ってみると今年4月29日、なんと106歳に。しかも昨年は映画にも出演したという。
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- 104歳、哲代さんの一人暮らし
