- 出演者
- ユースケ・サンタマリア 加藤綾子 名倉潤(ネプチューン) 片桐仁 谷まりあ 富田望生
熊本・福岡の県境付近にある鶏料理専門店「鹿原」は、美味い上にとにかく安いと評判。店主の小川さんは、熊本のブランド鶏を使った料理を提供している。もともと材木関係の仕事をしていた小川さんは、独学で鶏料理を学んだ。
今回は3時間半SP。片桐は、名倉がゲストでいるイメージがないと話した。
鶏料理専門店「鹿原」では、絶品鶏料理が全品1000円以下。小川さんはもともと材木関係の仕事をしていた。食べるものにも苦労し年2回の鶏料理を楽しみにしていた幼少期の記憶が残っていた小川さんは、美味しい鶏料理を安く提供して幸せな気持ちになってほしいと考えるようになった。妻と鶏料理店を巡って勉強し、62歳のとき熊本の山奥に鹿原をオープンさせた。文子さんは心筋梗塞で亡くなった。1日5食限定の鶏ホルモンの味噌焼きは、1羽から15gしか取れない部位を使っている。
富田は、反抗期に入るとき「反抗期に入りますのでよろしくお願いします」と宣言したと話した。名倉は、うちの子は勝手に反抗期に入っていつの間にか喋ってくれなくなったと話した。
用水路を流れる動画でバズった草野さんを取材。米農家の草野さんは耕作放棄地を復旧させる会社を設立したが儲からず、お金は自前で用意。コロナ禍で米の価格が暴落し事業は採算が合わず、ネット販売の売れ行きも低迷。約7000万円の負債を抱えた。社員に相談すると、会社が潰れるなら最後に川でも流れたらと言われてやけくそで撮った動画がバズったという。動画を観た人がお米を購入して在庫は完売し、お米の売り上げで耕作放棄地を復旧した。
宮崎県でキクラゲ農家をしている恩田さんに話を聞いた。恩田さんは元航空自衛隊のエリートパイロットだった。娘が3人いてお金がかかる時期だが、自衛隊を辞めたことで妻のさやかさんも働きに出た。恩田さんが栽培する白いキクラゲは珍しく、作っているのは国内のキクラゲ農家全体の1%未満。一流料理人からも一定の評価を得ているが、年収は1000万から100万円まで減った。宮崎の特産品が並ぶ朝市にも初出店した。長女の愛夕さんは舞台役者になるのが夢で、大阪芸術大学への進学を目指している。
恩田さんはトップガンを見てパイロットを志したが、防衛大学の受験に失敗。航空自衛隊の航空学生制度を利用して航空自衛隊の学生になり、22歳で戦闘機のパイロットになった。24歳の時に妻さやかさんと結婚し、3人の娘が生まれた。40歳の時に先輩が乗っていた航空機が墜落したことでパイロットを続けるのは難しいと感じた恩田さんは、2年前にテレビで白いキクラゲを見たことがきっかけでキクラゲ農家を始めた。
片桐は、粘土で作った猫のスマホケースを紹介し、昔イグアナの形をしたバナナケースを作って生放送の番組で紹介したら開け方のわからないアナウンサーが壊してプロデューサーが「岡本太郎の作品だったらどうするんだ」と怒っていたと話した。
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名古屋の焼肉店の店主・和子さんは83歳。満身創痍の状態で1日18時間、1人でお店を切り盛りしている。背骨を疲労骨折した状態で営業し、1か月前には体にできた石を取り除くため手術を受けた。術後1か月で店を再開した。朝は6時に起きて店の準備や買い出しをする。お客さんは服や食材を差し入れしてくれている。
谷は、バラエティの海外ロケで催眠術がとれなくて出川のお尻にくっついていたと話した。名倉は、催眠術をかけられたふりをしていたら上岡龍太郎が「ウソつくな」と言って帰ったと話した。富田は、5年かけて体重を20キロ落としたが半年で増やしたと話した。片桐は、舞台で筋肉隆々のト書きがありトレーニングをしたが筋肉がつかず衣装に綿を入れたと話した。
名古屋の焼肉店の店主・和子さんに密着。朝6時から働き続け、ご飯はコンビニおにぎりだった。午後4時に営業を開始し、続々と客が来店した。お米を美味しく炊くために寒天を入れていた。和子さんは朝6時から仕込みに取り掛かり、午前8時に買い出し。10時に店に戻って開店まで仕込みをする。夜9時までの5時間営業し、閉店後午前0時まで片付けや掃除。寝るのは夜中1時すぎ。和子さんは春日井市に生まれた。8歳の時に母親が医療ミスで寝たきりになり、毎日買い物や家事をこなすようになった。16歳で母が他界し、父親も和子さんが27歳の時に事故で亡くなった。25歳で結婚したが生活が苦しく、料理経験を活かして家族を養うため飲食店を開業した。とんちゃん焼きが人気No.1。
屋久島山奥で1人で仙人のような暮らしを送る77歳のどうりんさんを取材。1人で山を開拓して家を建てた。出身は岡山で、街の生活は地獄だと語った。アシタバ・ナス・キャベツの甘辛味噌炒めを作って振る舞ってくれた。
屋久島山奥で1人で仙人のような暮らしを送る77歳のどうりんさんを取材。坐禅に興味を持ったどうりんさんは、岡山の高校を卒業後北陸でお坊さんになった。
屋久島山奥で1人で仙人のような暮らしを送る77歳のどうりんさんを取材。旅行で訪れた屋久島の大自然に惚れ込み土地を購入。山を開拓し、坐禅道場「芙蓉寺」を開いた。
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