- 出演者
- 杉村太蔵 高岡達之 アンミカ 柳亭小痴楽 黒木千晶 村上信五(SUPER EIGHT) 神保拓也
オープニング映像。
村上らが挨拶をした。
松井秀喜氏が巨人の新監督へ。このあと会見するという。元木さんら元巨人のコメンテーターを紹介。高橋はこのニュースをみたときは嬉しかった、びっくりしたなどとトーク。村上も東京オリンピックのときの松井の人柄について長嶋さんへの気持ちが伝わるなどと、メンバーはうれしいニュース、海外の反応が知りたいなどとトーク。昨日のドラフトの織田選手について松井さんが口説くのだろうなどとスタジオでトークをした。
松井秀喜氏が巨人の監督へ。街では「優勝をねらってほしい」などの声がきかれた。現役引退から14年。変わることないジャイアンツ愛と長嶋への思い。このあと会見する。
石川県・星稜高校出身の松井秀喜氏。入学前の春休み初めて練習に行った際、フリーバッティングで柵越連発。すると入学してわずか3日後、1年生の春から4番打者に抜擢。推定飛距離140mを超えるホームランを放つなど長打力からついたあだ名がゴジラ。高校3年生のときに出場した夏の甲子園。2回戦で明徳義塾高校と対戦。そこでおきたのが松井に対する5打席連続敬遠。この試合、松井のバットは火をふくことなく星稜高校は敗退。前代未聞の5打席連続敬遠は勝利至上主義か正々堂々の勝負かをめぐりプロ野球界や世論を二分する社会問題となった。ドラフト会議で高校通算60本塁打を記録し夏の甲子園で有名となった松井は中日、阪神、ダイエー、巨人が1位指名。巨人が交渉権を引き当て、のちに恩師と慕う長嶋茂雄監督のもと巨人の黄金時代を支えた。巨人の4番バッターとして2002年までの10年間でホームラン332本をはなった松井。巨人軍ラストとなった2002年には自己最多の50本塁打を記録。日本一に貢献した。次なる挑戦の場として松井が選んだのはメジャー。2003年名門ニューヨーク・ヤンキースに入団した。ヤンキース入団の理由についてメジャーリーグの中でも素晴らしい伝統があるし素晴らしいプレーヤーがたくさん在籍した球団。自分の中でも一番刺激があるそういうチームで自分の力を存分に発揮したいと語った。松井さんはメジャー初打席でタイムリーヒット。初安打・初打点を記録。さらにメジャーでの第1号は満塁ホームランと大暴れ。初年度から100打点以上を記録。メジャー2年目からはヤンキースの主砲4番に定着。メジャーでのキャリアハイとなる31本塁打、大谷選手に抜かれるまで日本人最多記録だった。しかし、入団4年目以降はケガに悩む。1993年から続く連続試合出場記録も1768で途切れた。ケガをするのは力がないだけと自分を戒め続けた。2009年、ワールドシリーズに進出したヤンキース。第6戦で松井さんはホームラン、タイムリーをふくむ1試合6打点の大活躍。ヤンキースを世界一へ導いた。13打数8安打3本塁打8打点の成績で日本人初ワールドシリーズMVPとなった。このあとエンゼルス、アスレチックス、レイズと3球団を渡り歩き、2012年現役引退。日本のプロ野球10年、メジャーリーグ10年、20年で日米で輝かしい成績を残した。
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- アフロオークランド・アスレチックスゲッティイメージズスポーツ報知タンパベイ・レイズトムソン・ロイターニューヨーク・ヤンキースロサンゼルス・エンゼルスワールドシリーズワールドシリーズ最優秀選手賞大谷翔平日刊スポーツ明徳義塾中学校・高等学校星稜中学校・高等学校時事通信社松井秀喜産業経済新聞社第74回全国高校野球選手権大会長嶋茂雄
松井さんの驚異的な活躍に影響していたのが長嶋茂雄さんの存在。2人の歩みが始まったのは1992年。怪物高校生、松井秀喜をプロ野球の世界に導いたのが巨人の監督だった長嶋茂雄さん。4球団が1位指名に松井秀喜の名前をあげるなか、長嶋茂雄さんが満面の笑みでサムズアップ。1位指名を受けた松井さんも両手をあげてガッツポーズ。ここから2人の野球人生が動き出す。巨人に入団した松井さんを4番に育てるため指導にはげんだ長嶋さん。2人で過ごした素振りの日々が実を結び松井さんはジャイアンツの4番としてホームランを量産。2000年には巨人日本一の原動力となり、師とあおぐ長嶋監督を胴上げした。2002年にヤンキース入団が決まった松井さん。海をわたってからも長嶋さんと2人で素振りをすることがあったという。世界を舞台に活躍する松井さんと影で支え続けた長嶋さん。2人の功績が称えられ国民栄誉賞をWで受賞。さらに表彰式のあとには夢の師弟対決も実現。グラウンドに戻った2人の有志はファンを熱狂させた。2021年東京オリンピック開会式、王さん、長嶋さんとともに聖火ランナーをつとめた松井さん。2004年に脳梗塞を患い右半身に麻痺が残る長嶋さんの体に寄り添い支え、歩みを進める姿は日本に感動と勇気を与えた。去年6月3日長嶋茂雄さん永眠。長嶋さんの自宅を弔問した松井さん。恩師の亡骸との対面は2時間に及んだ。現代で最高のホームランバッターと賛辞を送り続けた長嶋さんに対し人生の恩師と感謝の思いを忘れなかった松井さん。生前ある約束を交わしていた。長嶋さんとの約束とは何だったのか。ジャイアンツは今年ペナントレースの真っ只中にあって異例の事態に直面。阿部前監督が娘への暴行問題で監督辞任。チームはAクラスを死守したものの次期監督選びは難航予想も。そんななか、25年ぶりにジャイアンツのユニフォームに袖を通すこととなった松井さん。芸能界のジャイアンツファンも大興奮。巨人戦で国歌斉唱をつとめたこともある歌手DAIGOも興奮。松井秀喜のモノマネでもブレイクした芸人はなわもコメント。モノマネ姿で2ショットも添え喜びを爆発させた。松井新監督がこのあと記者会見。
松井秀喜氏が巨人の監督へ。元星陵高校監督の山下さんが松井について人生観を変えた男で思い出のある選手だと話す。入学後の指導は人間性をみがくと歴史や古典などの読書を薦めたなどと山下さんは話す。
松井秀喜氏。巨人監督就任へ。このあと会見。松井秀喜のプロフィールをスタジオで紹介。1974年石川県で生まれ、11歳で野球をはじめポジションは捕手。高校は星陵高校入学で4番などと活躍と現役時代の成績と引退後の国民栄誉賞受賞などを伝える。元木はこの日がきたと長嶋のあとの松井秀喜監督だ、などと思いを伝える。高橋はジャイアンツが日本一になれず苦労しているので松井がつくりあげてくれるのではと期待値を伝える。去年6月長嶋の訃報をうけたときの松井のコメントを紹介し、長嶋さんと約束をしたことがありその約束を果たしたいと話していたことを伝える。背番号55が復活するのか3にからんだ数字なのか楽しみだとトーク。
松井秀喜氏。巨人監督就任へ。元木さんらは松井監督にコーチとして呼ばれたらどうするか聞かれ、元木は断る理由はないといい、高橋も断る理由はないし、いつ電話くるかなと背番号を何番にするかなどとトークをした。そこまで言わせるのは人間性と松井秀喜についていきたいと2人は思いを伝える。現役は松井監督についてどう思うかを聞かれ、元木は巨人軍の宝、野球界の宝なので喜んでいるだろうと、選手は松井監督を胴上げしないとと巨人軍をかえれるのは松井監督などとトーク。メンバーは松井監督について話をした。
読売巨人軍が会見を行う。読売巨人軍の新監督は松井秀喜監督となった。背番号は90番、契約年数は3年。ジャイアンツは来週30日から秋季練習をはじめ、松井監督には30日から指揮をとってもらうとのこと。松井監督は「私はジャイアンツで高校卒業してから10年間プレーしました。その間長嶋茂雄監督のもと、指導いただき自分なりに頑張り成長してきたつもりです。きょうここに来る時に、今から24年前に自らの意思でジャイアンツを去る時のことを思い出していました。あの日はまったく笑顔を出すことはできませんでしたが、今日は満面の笑顔で自分のふるさとに戻ってきたつもりです。ジャイアンツは今年惜しくも優勝を逃しました。橋上監督代行のもと最後の最後まで精一杯戦ったと思います。私もチームをしっかり引き継ぎ、これからのジャイアンツ、強いジャイアンツ、素晴らしいジャイアンツ組織のスタート地点に携わらせていただけることに嬉しくおもいます。私は指導者の経験はほぼありません。そこが12球団監督の中で一番劣っている部分だと自覚しています。まずそのことを自分自身で自覚し、選手とともに一緒に成長していけたらと思っています。」「選手たちとともに汗を流し、アドバイスすることはもちろんありますが、選手が自分自身で成長できるよう、言ったことを聞くのではなく、それを自分でやって自分自身が成長できる環境をしっかりと作っていきたいと思います。グラウンドに出れば、頼れるのは自分自身です。自信をもってグラウンドに出れるようしっかり普段から1つ1つ成長できる意識をもっていただけるような環境をつくっていきたいと思っております。」「今後の力強いジャイアンツ・光り輝くジャイアンツになるよう少しでも力になりたいと思います。」などと話した。
質疑応答。山口オーナーへ「監督就任の要請、経緯、決め手、どういった野球を松井新監督に期待されるか」と質問。山口オーナーは「経緯ですけどもジャイアンツのレギュラーシーズンの全日程が終了した後に、松井監督に要請をいたしました。数日後受諾の答えを頂いた」「私は今季ジャイアンツは色んなことがありまして、ジャイアンツの危機であった年だと思っています。そこを乗り越えて強いジャイアンツにしていくには松井監督にお願いするしかないと思って要請した次第です。」と回答。松井監督へ「打診があったときの心境、ご挨拶をされた今の心境」について質問。松井監督は「正直嬉しかったです。ジャイアンツというのは、私にとってはどこにいても心の中にジャイアンツがあったんです。昨年長嶋監督が亡くなられて、本当は長嶋監督にもこの姿を見ていただきたかったという気持ちは正直あったんですが、実際引き受ける時は、悩みました。やはり生活がアメリカの方にあります。家族も向こうにいます。なによりも大切なには家族なので、家族の後押しがないとここに来ることはできなかったと思います。後押しを受けて、ここで自分自身立ち上がりたかったという話です。今はただ前を向いて、今後のジャイアンツの力になりたいという気持ちであります。」などと話した。続いて、長嶋さんとの約束を交わしていると話があったが、これは巨人の監督と受け取っていいか質問された松井監督は「あのとき長嶋さんの弔問に行った直後で、自分自身そんなこと言うつもりはまったくなかったんですけど、自分の発言によって色々な憶測が飛び、当時のチームに迷惑かけたなと思っております。ということで私のなかで自主撤回しておりまして、みなさんがご自由に考察してください」などと話した。続いて、きのうのドラフト会議で指名した選手たちとどう向き合っていかれるかと質問され、松井さんは「私は全くどの選手を指名するか知りませんでした。びっくりしました、それが正直なところ。私は来年から1軍監督ですが、来年の戦力でお構いなしに育成に全振りしてとっても清々しい気持ち。世界一のピッチャーになる可能性のある選手ともしかして契約できるかもしれないチャンスをいただいた。久しぶりにドラフト会議を見ていてジャイアンツでゾクッとしました。数年後に素晴らしいドラフトだったという形になるよう、私にも責任があるかと思います。」と話した。続いて、背番号90を背負うことについての思いが質問された。松井監督は「引退直後に選手から監督になられ、最初につけた番号と承知しております。その第1時長嶋監督時代、日本1になられてないと思います。選手・長嶋茂雄がいない巨人軍で大変苦労され、反面大きな情熱で若い選手に向き合ったと思います。私もその気持ちを継いで行きたいのが1番。そして長嶋監督が昨年89歳でお亡くなりになられました。今年90歳のはずです。その年に90番をつけるも1つの理由です。わたしの中では55番をつけてしまうと、自分自身も当時を知るジャイアンツファンの皆様もなにか昔のノスタルジーに浸ったり、そういう感じになってしまうのではないかという気持ちがありました。現役最後35番つけていたんですけど、足すと90だなと思って。これから新たなスタートを切るには90番が一番ふさわしいといくつかの要素で選ばせていただきました」などと話した。
松井監督に長嶋さんの監督として見習いたいところを質問。松井監督は「私は長嶋茂雄にはなれません。まずそのことを自分自身理解しないといけないと思います。やっぱり長嶋さんは長嶋さん。自分は自分のできることにしっかり集中してやっていきたいと思います。」などとコメント。選手たちの心構えの用意について質問され、松井監督は「まっさらな気持ちでこれからみんなでジャイアンツを作り上げていこうという気持ちで待っていてほしいです。」などと話した。続いて、ヤンキースに移籍されてからの20年あまりチームの戦いぶりや選手をどのように見ていたか質問。松井監督は「基本的にただ応援していただけです。ジャイアンツに対する愛は変わらずもっていました。」などと答えた。長嶋さんからエールをもらえるとしたらどのような言葉をもらえるか質問された松井監督は、「遅いよじゃないですかね。誰よりもこの瞬間を楽しみにしてくださったと思います。」などと話した。続いて、松井監督にどういったことをアメリカ球界で吸収され、学ばれたのか、それをどのようにジャイアンツの指導にいかしていきたいかと質問。松井監督は「育成システムは違いがあると思っています。向こうは選手のピラミッドが大きいですので、大きい下の方の選手を育成していましたが。手厚い指導というわけではないですね。単純に厳しさを常に見ておりました。指導という意味では、私が影響を受けた監督さんはもちろん長嶋監督。そしてヤンキースのジョー・トーリ監督。とても大きな影響を受けております。これから私が監督をつとめるなかで、その中から自分なりのヒントがでてくると思っています」などと話した。家族の後押しについて、「とにかく背中を押してくれました」と答えた。ドラフト1位の織田翔希投手にどのような言葉をかけたいか質問された松井監督は「やっぱりジャイアンツにはジャイアンツにしかない素晴らしい環境があると思います。球団の方がもしジャイアンツに入団した場合、色んなプランを考え、彼にとって一番いいものを考えていくと思っております。私はいまはそれ以上申し上げることはなかなかできませんね。」などと答えた。最後に、織田翔希投手に直接会いに行ったりすることはあり得るのか質問。松井監督は「それも球団の方と相談してになると思います。わたしが行くことによって逆に迷惑になる場合もあるかもしれませんので。」などと答えた。また、考えているコーチについて、松井監督は「現時点で1人だけ声をかけております」などと話した。
松井秀喜氏の会見を歴史に残る会見だと、織田選手への配慮は泣かせるとスタジオでメンバーは言葉につまるなどと、ユニフォームに袖をとおす映像みて、意味の深い番号、背番号90についてもトークをした。
松井秀喜氏の会見をみて、期待することはときかれ、元木はきょうの会見のシャツは国民栄誉賞のときの長嶋監督とおそろいのものではないかと予想をする。高橋は強いチームをつくってほしいなどとコメントした。
「(松井監督のシャツとネクタイは)長嶋さんとお揃いで着たんですよね。松井監督からプレゼントしたのかこれ着て行きましょうっていう。だからきょうも着て、長嶋監督に監督になりましたよという気持ちもあったんじゃないかなと思う。」などとコメントした。
