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旅のお題は「家康が生んだ大須 なぜ“元気すぎる商店街”に?」。名古屋城から約2kmの場所にある大須は、8つの商店街が集まり、年間約1500万人が訪れる名古屋屈指の人気スポット。前回、タモリらは家康と大須の関係を探りに町のシンボルである大須観音を訪れた。江戸時代、大須の町は大須観音周辺を中心に発展したことが分かった。
タモリらは万松寺を訪れた。万松寺は織田信長の父・信秀が建てた寺。万松寺の屋根には尾張徳川家の家紋。当初、万松寺は別の場所にあったが、徳川家康が寺町をつくった際に移転。移転後、初代の尾張徳川家藩主の正室の墓が設けられ、尾張藩の庇護を受けるようになったという。万松寺は広い敷地があるにもかかわらず、その境内は一般開放されていなかった。しかし、明治維新が起きると尾張藩がなくなり、万松寺は経済的支援を受けられなくなった。次第に寺を維持することが難しくなり、大正元年に境内を開放。境内の土地を売ったり貸したりして寺の存続を図った。寺の境内の広い敷地を利用し、娯楽の場をつくることで、元気すぎる商店街へと発展していった。
テレビの普及し、大須でにぎわっていた映画産業がだんだん斜陽に。映画館も次々と閉館に追い込まれた。映画館に代わって大須ににぎわいをもたらしたのは秋葉原の電気街のような場所。映画館があった広いスペースは電化製品がひしめき合う新たな人気スポットへと生まれ変わった。
タモリらは東仁王門通を訪れた。大須の中でもインターナショナルなグルメストリート。この通りで外国料理店として最も早い時期に出店したのがブラジル料理の店。この店ができたことを皮切りにこの通りに次々と外国料理店が出店した。かつてこの通りは昔ながらの店が並ぶ商店街だった。しかし、平成以降、大型量販店などに客足が流れた影響で次々に閉店。そこで、大須の商店街は空き店舗をそのままにしないよう、新たに店を開きたいという人に対して広く店舗を貸し出した。それにより、シャッター街になる暇もなく、店が絶えず生まれ変わっていくという商店街になった。
エンディング映像。
次回予告が流れた。
