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今回は数々の名作ドラマを生み出してきた脚本家・倉本聰。82歳の今もドラマの現場で鋭い目を光らせる。手がけたドラマは1000本以上。その創作の現場にカメラが初めて迫った。
去年夏に倉本聰の取材が始まった。倉本は翌春から始まる全130話の大作ドラマ「やすらぎの郷」に取り組んでいた。今のドラマには感動させるものがなくなったと思い、この作品を書いたという。今回の取材に対して倉本のつけた条件は、執筆中は視界に入らないこと。執筆中、そばにいることが許されているのは愛犬のメイサだけだ。自分の能力を超えたものが書けることがあるといい、自分の力で書いているうちはプロだとは思わないと話した。倉本は365日、毎日欠かさず執筆することを自らに課している。
倉本は登場人物の履歴書を一人一人作っている。ドラマでは描かれない経歴まで細かく書き、登場人物の人生を掘り下げる作業に執筆前の半年を費やす。「北の国から」にもこの履歴書づくりが生かされている。倉本はドラマを1本の木に喩え、根っこがしっかりしていないと木は育たないと話した。
倉本は130話の脚本を4か月で書き終えた。完成した脚本をテレビ局のプロデューサーに手渡し、目の前で読んでもらう。9月、本読みの現場に倉本も参加。脚本家の最後の仕事として、語尾の上げ下げから一語一語の間に至るまで役者に意図を伝える。
石坂浩二は、倉本の書くものは倉本の子供で、倉本はまだ生まれて25、6年だと思っているかもしれないと話した。八千草薫は、何もかも見透かされている怖さがあると話した。
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倉本は昭和10年東京生まれ。戦後の混乱期に学生時代を過ごした。大学卒業後、ラジオ局で働きながら副業でドラマの脚本を執筆。年間50本のドラマを手掛け、一躍売れっ子に。しかし39歳のとき、大河ドラマ「勝海舟」で制作スタッフと対立。倉本は全てを捨てる覚悟で北海道へ。ドラマは途中降板し、札幌で暮らし始めた。脚本の仕事を再開しても東京へは戻らず、富良野に定住。そして3年目に書いたドラマの企画が「北の国から」だ。倉本はこの作品について、何かが書かせてくれたと感じている。
舞台「走る」で3か月間の全国公演に挑む倉本。脚本兼共同演出として最後の舞台に臨む。自宅に役者たちを招き、一人一人の個性を観察して、それに合った脚本を練り上げる。12月、全員の役を書き込んだ台本を配った。これから稽古を通して、さらにセリフとキャラクターを練り上げていく。役者に脚本の意図を丁寧に伝え、連日5時間を超える指導を行う。40人の役者の指導で体力を消耗するが、稽古を休もうとはしなかった。
12月下旬、倉本は全員のセリフを一から見直していた。変更は数ページに及んだ。本番2週間前になっても芝居の精度が上がらず、倉本の顔がにわかに厳しくなる。倉本は82歳になってもまだ完成していないし、進歩の途中だと話した。倉本は本番前日まで台本を直し続けた。1月15日、公演初日を終え、満員の会場から大きな拍手が起きた。公演後、倉本の披露はピークに達し、階段を下りることさえままならない。だが次の公演に向けて眼差しは鋭かった。
倉本聰にとってプロフェッショナルとは、一本道であること、横道にそれないことだと話した。
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