2026年7月22日放送 19:57 - 20:42 NHK総合

世界で開け!ひみつのドアーズ
パラグアイ・ゴマ生産者に“ありがとう”

出演者
相葉雅紀 井桁弘恵 YOU 
(オープニング)
オープニング
パラグアイ・ゴマ
ゴマ生産者に“ありがとう旅 ゴマ畑を求めて聞き込み!

ゴマの手がかりを探しにパラグアイ最大規模の市場へ。パラグアイは日系人が多いこともあり親日国。ゴマの値段は日本の約4分の1。ゴマの栽培が盛んな地域はサンペドロだという。

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アスンシオン(パラグアイ)ゴマサンペドロ(パラグアイ)メルカド・クアトロ市場
ゴマ生産者に“ありがとう旅 日本のため栽培して30年の農家

ゴマ生産の中心地の一つサンペドロ県にやってきた。出会ったのはゴマ栽培歴30年のネストルさん。マテ茶のミルクティーに炒ったゴマを入れて飲んだ。ゴマを作っている畑に案内してもらった。年間1トンのゴマを収穫していて、その9割を日本向けに出荷している。この地域の赤土は水はけが良くミネラルが豊富でゴマ栽培に最適。春頃にまいた種は約1か月半で花を咲かせ、やがて実を結ぶ。この地域で栽培しているのはほとんどが白ゴマ。ネストルさんは完全無農薬で育てている。3月は収穫の最盛期。一粒2ミリのゴマを収穫する作業には細心の注意が必要だ。機械で収穫するとゴマの粒に傷がつき主成分である油の酸化が進んでしまう。収穫はすべて手作業で行われている。湿度もゴマの大敵で、よく晴れた暑い日に収穫しなければならない。刈り取りが終わるとすぐに天日干しにする。半月かけて乾燥させるとさやが割れ粒が取り出せる状態に。干した束をひたすら棒で叩きシートの上にゴマの潰すを落としていく。

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アスンシオン(パラグアイ)コシード・ケマドサンペドロ県(パラグアイ)

無農薬栽培にこだわる畑なので、鋭いトゲがあるカピィ・アティという植物が刺さる。休憩タイムにはテレレと呼ばれるパラグアイのお茶を回し飲みする。テレレの回し飲みの文化はユネスコの無形文化遺産に登録されている。今年は豊作で例年を上回る収穫量。パラグアイでは農家の8割が20ヘクタール以下の小規模農家。水牛を使うことも多い。ネストルさんの兄マルシアーノさんは地域で収穫したゴマを取りまとめるリーダー的存在。出荷前に徹底しているのはふるいにかける作業。日本向けのゴマは土や枯れ草が目立つと集荷業者が買い取ってくれないこともあるため、多いときはこの作業を3回繰り返す。集荷されたゴマは別の場所に運ばれ、品質向上のためのされなる工夫が施される。

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カピィ・アティゴマテレレパラグアイ世界文化遺産国際連合教育科学文化機関
ゴマ生産者に“ありがとう旅 超厳格な検品作業

大手のゴマ工場に各地から毎年集められるゴマは約650トン。その9割が日本向け。集荷されたゴマは機械で選別にかけられる。この時点で99%異物のないゴマになる。この工場が独自に開発した機械では下から送られる風と振動によって小さなゴミがはじかれるようになっている。これで99.95%まで異物を除去できる。さらに、色の違いを識別するセンサー式の機械で見た目の悪い粒を排除。これで99.99%に。最後はサンプルで取り出した約66万粒のゴマの中に機械で見逃された小さなゴミが残っていないか徹底的にチェックする。こうした厳しい品質管理をくぐり抜けたゴマだけが日本へと出荷されている。

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ゴマパラグアイ
ゴマ生産者に“ありがとう旅 一粒の重みが変わる!ゴマ/ゴマ生産者に“ありがとう旅 ゴマ香る!絶品ミルクティー

一粒の重みが変わったなどと話した。スタジオでゴマをたっぷり添えたコシード・ケマドを味わった。ゴマは昔から日本で作られていたが、かつては高級食材だった。江戸時代に入るとごま油などに使われ庶民の食文化にも定着。戦後、国内生産量が減少し輸入に頼るようになった。パラグアイでゴマ栽培が広がったのは35年前

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コシード・ケマドゴマパラグアイ
ゴマ生産者に“ありがとう旅 ゴマ栽培“誕生秘話”

ネストルさん55歳の誕生日パーティー。この日集った人のほとんどがゴマ関係の仕事に従事している。栽培が始まったのはわずか30年前。もともと輸出用の綿花栽培が盛んだったこの地域だったが、90年代に世界中で栽培の大規模化が進み生産量が増えた結果価格が低迷。マルシアーノさんたち小規模農家の生活は一気に苦しくなった。農薬代などの借金に苦しむ人が増え、この地域の貧困は社会問題になった。そんな状況でマルシアーノさんたちが出会ったのがゴマだった。当時、ゴマを知る農家は少なく新たな収入の柱になるのか疑う人も多かった。ゴマ栽培をパラグアイに広めた中心人物が白沢寿一さん。北海道からパラグアイへ渡った移住者だ。日本からパラグアイへの集団移住が始まったのは1936年。第二次世界大後、生活の苦しかった農家が新たな農地を求め生活を築いていった。小規模農家の多いパラグアイ、手作業で収穫するゴマは機械化が進むアメリカやブラジルなど農業大国にも対抗できる作物だ。収穫までの日数も綿花の半分で、新たな収入源として好材料が揃っていた。しかしゴマで家族を養えると信じてもらうまでには多くの苦労があったという。白沢さんは何度も現地に足を運び、ゴマ作りの指導を行った。この地域で最初にゴマ栽培を始めた1人マルシアーノさんは白沢さんからもらったゴマの種を植えると1年目から800キロのゴマを収穫。程なく綿花栽培で負った借金を返済できた。ネストルさんもゴマを育てると収入は以前の倍以上に。この30年でゴマは大豆や牛肉に次いでパラグアイの輸出を支える農作物へと成長した。

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アスンシオン(パラグアイ)ゴマサンペドロ(パラグアイ)北海道
ゴマ生産者に“ありがとう旅 岐路に立つゴマ栽培

パラグアイのゴマ生産は岐路に立たされている。近年、国際的な需要の高まりで近隣国やアフリカ諸国で生産量が増加、ことしは価格が大きく下落している。ネストルさんたちは他の作物を育て生計を維持しながら苦しい状況を乗り越えたいと考えている。

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ゴマ生産者に“ありがとう旅 日本から感謝のメッセージ

パラグアイのゴマ生産者の皆さんに日本から感謝の声を集めたメッセージビデオをお届け。パラグアイの皆さんが食べたことのないゴマ豆腐をプレゼントした。

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ごまさばゴマゴマ豆腐パラグアイ大阪府東京都福岡県西光寺
(エンディング)
次回予告

次回予告が流れた。

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