- 出演者
- 劇団ひとり 松澤亜海 澤部佑(ハライチ) 広瀬アリス 屋敷裕政(ニューヨーク) 齋藤隆 中田翔
大谷翔平HERO伝説ランキング。異国の地でヒーローになった伝説などを紹介。
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今月2回目の放送などとオープニングトークをしたあとゲストを紹介。広瀬はフリースリーでリバウンドをとってショートをしていた戦法などをトークをした。
八村塁がNBAではじめて決めたブザービーターの映像を紹介。日本人初の決勝ブザービーターだ。八村にパスをだしたのはレブロン。この試合は1297試合連続2ケタ得点中の記録。この日は8得点でこれをきめたら記録継続となるが記録優先をしなかった。レブロンは「正しいやり方」とコメント。
川崎フロンターレの中村憲剛の現役最後のゴールシーンの映像が流れた。見事なシュート。パスを出したのは三笘薫。2人は11年前にあっていた。三笘が小学生のころエスコートキッズとして中村と入場していた。それが11年の時をへて最後のゴールをアシスト。
リオオリンピックは日本は優勝候補。内村航平、白井健三と エースがいたから。2人には深い絆があると語るのは内村航平。白井との出会いは日体大。19年前に大学1年の内村と11歳の白井は出会っていた。すごいヒネリだという内村だが白井はそんなに体操は好きではなかったという。
内村航平。白井との出会いは19年前に大学1年の内村と11歳の白井は出会っていた。すごいヒネリだという内村だが白井はそんなに体操は好きではなかったという。白井に内村は楽しくやれよ、8年後くらいに一緒にオリンピックでれたらいいねと声をかけたそうだ。体操を楽しめという言葉をむねに練習態度は一変し、シライを成功させるまでに成長した。リオオリンピックで2人は日本代表として選ばれた。団体で金をとったことがない内村のために迎えた団体決勝。勢いをつけたいが山室光史らは失敗し決勝は6位スタート。白井は跳馬を決めて高得点で2位へ。これをきっかけに息を吹き返す日本。首位に浮上した。そして最終種目は床。最後を託されたのは内村は決めて日本は金メダル。
2025年4月3日、9回裏同点場面で打席に立った大谷。劇的なサヨナラホームラン。実はこのホームランには秘密があった。大谷に打席に入った時、ファンに「ホームラン打てよ」と言われてたという。今夜は大谷翔平のHERO伝説を紹介する。またダルビッシュ有が独占インタビュー。
2024年5月17日ドジャースvsレッズ。大谷は3回ランナー1塁で打席に立ち、豪快な2ランホームランを放った。このホームランを放った数時間前、ロサンゼルス市が大谷のこれまでの功績を称え、背番号17にちなみ、5月17日を大谷翔平の日に制定。個人がアメリカの都市の記念日に制定されるのは、日本人史上初の快挙。さらにこの日は父・徹さんの誕生日でもあった。9位は9位「最高の演出家」記念日に発揮!特別な力だった。来場者にボブルヘッド人形が配布されるボブルヘッドデー、去年は4回開催され、約20万人が殺到した。デコピンとのボブルヘッド人形が配られた日はデコピンと始球式をした。デコピンが見事な始球式を行った日に大谷は特注したデコピンスパイクを履いていた。そして先頭打者HR。自分のボブルヘッドデーでは異様な活躍をする大谷。続くボブルヘッドデー開催の日には同点で迎えた9回裏、劇的サヨナラHR。さらに続くボブルヘッドデーでも豪快3ランホームラン。さらに続く打席で2打席連続ホームラン。これでボブルヘッドデー3試合連続4HR10打点の活躍。なぜ記念日や大事な場面で活躍できる?ドジャースのロバーツ監督は「翔平は雑音やプレッシャーをかき消して集中力を研ぎ澄ますことができる」と話した。
8位「激レア父の顔」家族の記念日に起こす奇跡。今年6月オリオールズ戦はこの日は第2子誕生直後の試合だった。大谷は「球場と家は別」と話す大谷。しかし、ロバーツ監督は球場に来た後も子どもたちの様子を見るために、真美子さんとよくテレビ電話をしていると大谷の意外な一面を教えてくれた。さらにこれだけで終わらないのが大谷。レッドソックスでホームランを放ったあと、普段は見せることはないスタンドを指さすポーズ。これは生まれて初めて試合を見に来た長男への特別なポーズだった。
7位「世界を変える英雄」小さな行動の影響力。今年のWBCでチェコ代表が話題を呼んだ。エースのサトリア選手が絶好調。5回途中まで侍ジャパンを無失点に抑えるピッチングをみせた。この試合は後日、大会の最高の瞬間の一つに選ばれ、大きな話題となった。サトリア選手は大谷とは深い縁がある。3年前のWBCの大谷との対戦で三球三振に切ってとった。その後も打ち取り、大谷を完璧に抑えた。試合後、大谷はチェコ代表を称賛。さらに大谷からチェコ代表へ素敵なサプライズが待っていた。話を聞くのはサトリア選手。WBCに出場しているとはいえ、チェコでは野球はまだまだマイナー競技。当然プロリーグもなく、WBCの代表といえど普段は本業の仕事をしている。サトリア選手は電力会社に勤務。朝9時からお昼の3時まで仕事のため、野球の練習は夜になるという。サトリア選手お気に入りのレストンでランチを食べることに。サトリア選手が大切に保管していたのは大谷から三振を奪った時に投げたボールだった。チェコ代表へのサプライズとは?1次リーグが終わって東京ドームに行ったら偶然練習終わりの大谷に会えたという。すると、大谷から「君の投球は素晴らしかった」と言ってくれたそう。そしてチームみんなにサインをしたという。そのお礼にチェコ代表がユニフォームと帽子を渡すと、WBC決勝ラウンドのため現地入りした時、チェコ代表の帽子をかぶって登場した。チェコの選手にとって思わぬサプライズ。この行動が思わぬ変化を生むことに。チェコ・プラハにある野球ショップでは、チェコ代表の帽子が売れているという。さらにチェコ地元の少年野球チームではチームに入りたいという子どもが増えたそう。サトリア選手は今年のWBCで代表選手としては引退。大谷の小さなサプライズがチェコの未来を変えた。
6月27日試合前練習の楽しみといえばボールプレゼント。大谷からのボールをとろうとした少年。しかし横にいた大人が割り込みキャッチ。残念そうな少年に直撃。メキシコから来たというカルロスくん。すると、なぜかボールを持っていた。大谷はカルロスくんが横取りされる現場を見ていた。そこで大谷はカルロスくんだけに向かってもう一度ボールを投げてくれた。カルロスくんは「幸せです!」と話した。4月18日即席サイン会を行う大谷。そこにケリー桃代さん(100)の姿が。大正15年、長崎で生まれた桃代さん。終戦後にアメリカ人のパイロットと結婚。26歳でアメリカに移住。そんな桃代さんは「私も日本からきたので大谷さんを誇りに思います」などと話す。この日は100歳祝いで孫に連れられ来場。すると桃代さんは車椅子から立ってお出迎えした。桃代さんを見つけ、自らサインボールをプレゼントした大谷。100歳の桃代さんにとって大谷は生きる力になっていた。
大谷翔平の背番号はなぜ「17」なのか?日本ハム時代は「11」、エンゼルスでも同じ「11」を希望したが、エンゼルスでは「11」が永久欠番だった。大谷は高校時代初めてもらった番号が「17」だった。ちなみに「17」は花巻東の先輩・菊池雄星も1年生の時につけていた番号で、花巻東では出世番号。エンゼルスでの活躍により、背番号17は大谷の番号として定着。しかしドジャース移籍の際に問題が。17ジョー・ケリーがつけていた。妻も大量の「17」グッズを作っていた。しかし、ケリーは「17」を大谷にゆずった。すると、妻も自宅の庭に持っていた「17」グッズを捨てるジョークで歓迎。するとその年のクリスマスイブ、玄関先で妻が何かを見ている。二度見したものとは!?
ドジャース移籍の際背番号17をチームメイトから譲ってもらった大谷は、お礼にポルシェをプレゼント。また車のナンバーは「DA39L17」、これを並び替えると「LAD1739」となり、ロサンゼルス・ドジャースの17番サンキューになるという。子供から100歳まで老若男問わず大谷のプレゼントは喜びを届け続けている。
シカゴでは、村上宗隆が人気で、ユニフォームの売り上げ全体の57%が村上のものだという。人気となった理由は、今年の開幕カードで見せた3試合連続ホームラン。さらにホワイトソックスも村上効果で好調で、2年連続最下位だったが現在は首位となった。ヒーローとなった村上に球団は急遽、ボブルヘッドデーを準備。通常であれば、シーズン前にボブルヘッドデーを決定するが、村上の活躍と人気にあやかって開催した。ボブルヘッドデーに配られるボブルヘッド人形は、大谷翔平などのスター選手や長年活躍した選手のみのものが作られるという。村上がボブルヘッドデーに打てた理由について、ファンの後押しのほか、村上の両親が熊本から観戦に訪れていたことも要因となった。しかし翌日、令和8年熊本地震が発生。村上は高校生だった2016年に平成28年熊本地震で被災し、プロで活躍を始めた2019年から7年半、ホームランを打つたびに熊本市に寄付金を届け続けている。そんな中で再び起きた悲劇に、村上は熊本を支援することを発表。村上は、故郷のためにホームランを打ち続けていた。
大谷のHERO伝説第4位は、超一流HERO30人に聞いたエグすぎるアレ。真夏の祭典メジャーリーグオールスターゲーム。今年は村上宗隆も選出。大谷以来HRダービーにも出場した。人類最速170キロのA.チャップマン(38)、MVP3回受賞のM.トラウト(35)、先発投手最速169キロのJ.ミジオロウスキー(24)、どこを見ても超一流のHEROだらけ。そんなHEROたちに我々はあえて聞いてみた“大谷って何がエグいですか?”。S.ランゲリアーズ選手(28)は「投手でも信じられないレベル」、L.アラエス選手(29)は「彼はMLB最高のピッチャーだ」、P.クロウ=アームストロング選手(24)は「投手・大谷とぜひ対戦してみたいね」などと回答。HEROたちが口を揃えて言うのが、ピッチャー大谷。確かに今年14試合に登板し、防御率は脅威の1.79。異次元の活躍をみせている。J.ライアン選手(30)は「彼の投げる珠はすべてがMLB最高峰だね」、R.イグレシアス選手(36)は「魔球のデパート」、A.クレメント選手(30)は「彼の球は全部がエグい」と語る。ということで、オールスター出場の超一流HERO30人に聞いた大谷のエグすぎる球種ベスト3。第3位はスプリット。ストッと落ちるその落差にバッターも二度見。大谷のスプリット一体何がエグいのか?通常スプリットは一度浮き上がってから落ちるため、バッターはストレートと見分けがつきやすいが、大谷のスプリットはストレートと変わらないスピードで同じ軌道から一気に落ちるため、バッターはストレートと見分けがつかないという。第2位はストレート。最速165キロを誇るストレート。大谷のストレート一体何がエグいのか?なんと大谷のストレートは左右に微妙な変化をさせているんだそう。さらにそれだけでなく急激に浮き上がるという。大谷のストレートは単に早いだけでなく変化をつけているため、バッターにとってはかなり厄介。そして第1位はスイーパー。スイーパーとは横方向に40cm以上曲がる変化球。大谷翔平によって生み出された魔球。大谷のスイーパー一体何がエグいのか?大谷のスイーパーは変化量がエグい。だがこのスイーパーは変化量がエグいだけではない。広島やメジャーリーグでも活躍した黒田博樹さんに詳しい話を聞いた。黒田といえば、エグいツーシームを武器にドジャース・ヤンキースと名門を渡り歩き、メジャーで79勝、日米通算では203勝を上げた日本が誇るレジェンドピッチャー。黒田さんによれば大谷選手のスイーパーの凄さは、変化量だけでなく、バッターの近くで急激に曲がること。そのためバッターはストレート見分けがつかず、思わず手が出てしまうという。
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- MLBオールスターゲームアスレチックスアトランタ・ブレーブスアリゾナ・ダイヤモンドバックスアロルディス・チャップマンアーニー・クレメントオジー・アルビーズカンザスシティ・ロイヤルズコービン・キャロルサンフランシスコ・ジャイアンツシェイ・ランゲリアーズシカゴ・カブスシカゴ・ホワイトソックスジェイコブ・ミジオロウスキージョー・ライアンスイーパーストレートスプリットディロン・ディングラーデトロイト・タイガーストロント・ブルージェイズニューヨーク・メッツピート・クロウ=アームストロングフアン・ソトフィラデルフィア・フィリーズブランドン・マーシュホームランダービーボストン・レッドソックスボビー・ウィット・ジュニアマイク・トラウトミゲル・バルガスミネソタ・ツインズミルウォーキー・ブルワーズライセル・イグレシアス・トラビエソルイス・アラエスロサンゼルス・エンゼルス佐々木朗希大谷翔平広島東洋カープ村上宗隆黒田博樹
第3位は「めでたい日に大事件大谷ブチギレ!?」。長男が生まれてから誕生後初めてピッチャーで出場した大谷は初回から160キロを計測。MLB自己最多160キロ超えが16球となった。そして見事勝利し、今シーズン8勝目をあげた。しかし1点リードした2回ウラで1アウト満塁というピンチを迎えた時キャッチャーが後逸し失点した。すると怒りの矛先は後逸したキャッチャーに。怪我をした正捕手に代わり急遽出場したラッシングはクセのある選手で、接触してきた相手に怒ったり自分が三振したときも怒ったりとすぐに態度が出るタイプ。この後逸時も「僕が悪いの?」という表情をしており、その態度に大谷は厳しい表情を見せた。さらにその後ボールの判定に激しく頭をたたき再判定を要求する大谷に対し、ラッシングは再判定を拒否。それでも大谷が再判定を強行するとストライクになった。そしてこの回で3失点で逆転を許してしまった。世間では大谷とラッシングの不仲説まで浮上した。
度重なるミスで大谷に迷惑をかけっぱなしのラッシング。この一連の騒動はまたたく間に拡散し世間では大谷とラッシングの不仲説が浮上した。ラッシングに直撃取材するとラッシングと大谷の間に確執は一切なく、マウンド上での出来事はサインの確認をしていただけだという。ラッシングが変化球のサインを出し投球動作が始まったがその後誤って速球のサインを出してしまったという。メジャーではバッテリー間のサイン伝達はピッチコムという手元の機械を使うが、ラッシングは一度に異なるサインを出していまいパニックになったという。ミスを重ねてしまったラッシングはバッティングにも影響が出てしまった。そんなラッシングにフリーマンやロバーツ監督がフォローした。そして翌日大谷はラッシングに「君のことは信頼しているよ」と声をかけてくれたという。すると不調だったバッティングで今シーズン第9号ホームランを放った。大谷との一件以来初ヒットでもあった。この一件で大谷とラッシングの絆は深まっていた。
大谷翔平のリアル二刀流は、今では当たり前だが、二刀流誕生の裏には、生みの親とも言えるヒーローの存在があった。今から8年前に行われたエンゼルスVSアスレチックスの試合で、大谷はMLB初登板となったが、スタメンの中に大谷の名前がなかった。MLB移籍当初、登板日は投手に専念する形となっていた。リアル二刀流が始まったのはメジャー移籍から4年目のときで、元エンゼルス監督のジョー・マドンがリアル二刀流誕生の立役者となった。リアル二刀流を支持した理由について、マドンは「30年前、マイナーチームの監督をしていた時、デショーン・ウォーレンという選手なら二刀流ができると思っていたが、チームの幹部から二刀流の許可が下りなかった。2つの素晴らしい才能を持つ選手がいたら、どうにかして生かすことが大事だと強く思うようになった」などと話した。30年前の後悔を繰り返さないため、2021年4月4日に行われたホワイトソックスとの試合で、マドン監督は周囲の反対を押し切り、大谷をリアル二刀流で起用。初回を無失点で抑えると、最初の打席でホームランを打ったことで周囲の見方も変わったそうだ。リアル二刀流が誕生した2021年、大谷は投手として9勝、打者として46本塁打を記録し、自身初となるリーグMVPも獲得した。しかし翌年、チームの成績不振を受けてマドン監督が突然解任されることになった。マドン監督解任後に出場した試合では、二刀流という道を切り開いてくれた恩師への思いが込められていた。
続いては超レジェンドメジャーリーガーのヒーロー伝説。語ってくれるのはダルビッシュ有。日本人メジャーリーガー歴代最多となる日米通算204勝を達成し、長年球界のトップに立ち続けてきた。しかし輝かしいキャリアの中には知られざる挫折があった。ダルビッシュ有の人生を変えた試合とは?
