- 出演者
- 片山智彦 福井慎二 大坂敏久 三平泰丈 坂下恵理 堀井優太 山本未来 池田陽香 小野卓哉 野田尚太郎
片山アナらによるあいさつ。
列島ニュースアップは宮崎局「軍用機墜落 その記憶を未来へ」。
静岡の様子と全国の気象情報を伝えた。
肥薩おれんじ鉄道は、7月の熊本地震で被害を受けて運休が続いていた、熊本県内の八代と肥後田浦間の運行を今月13日の始発から再開すると発表した。一方、今年7月の熊本地震で被災した熊本城では、石垣の組み直しに向けて、崩れた石を回収する作業が行われている。
松山市の秋祭りがきのうから各地で始まり、道後温泉駅前では神輿同士を激しくぶつけ合う「鉢合わせ」が行われた。「鉢合わせ」をめぐっては、おととし参加者が大けがをする事故が起きていて、トラブルが起きないよう対策をとったりしているという。
今年7月に発生した熊本地震で大きな被害を受けた氷川町を支援しようと、住宅の被害認定調査を行う職員が伊予市から派遣されることになり、きょう、市役所で出発式が行われた。
日高町にある競走馬の生産牧場・浜本牧場の従業員が飼育していた子馬に暴行を加えて虐待したとして、動物愛護法違反の疑いで書類送検されたことが捜査関係者への取材で分かった。
不審者が幼稚園に侵入したという想定で園児を守るための訓練が札幌市東区で行われ、札幌大蔵学園札幌幼稚園の職員と警察が対応の手順を確認した。
7年前、大阪地検特捜部で横領事件の捜査を担当した田渕大輔被告は、取り調べで机を叩きながら「検察なめんなよ」と罵倒し続けたなどとして、特別公務員暴行陵虐の罪に問われ無罪を主張している。きょうの裁判で弁護側の立証が始まった。弁護側は冒頭陳述で、取り調べ対象者を脅そうとしたわけではなく、真実を語ってほしくて厳しく追及した。精神的な苦痛を与えようとは思っていないと述べ、「陵虐」には当たらないと主張した。田渕検事の信条として、立場の違いはあってもできるだけ同じ人間として向き合い、その言い分に十分耳を傾けていたと主張した。裁判は公務員による犯罪の疑いを告発したものの不起訴になった場合に、裁判所に刑事裁判を開くよう求めることができる「付審判請求」を経て行われていて、きょうは午後も弁護側が立証を行う見通し。
和歌山・白浜町で、わかりやすい日本語で災害情報を伝える講座が開かれた。講座は和歌山県国際交流協会が開き、宿泊施設で働く外国人や地元の人など計33人が参加した。講師がわかりやすい言葉で情報を伝えることが大切だと話した。参加した人たちは、貴重品を1か所にまとめて置く場所を決めておくと、すぐに取り出して逃げられることを学んだ。日ごろからわかりやすい言葉で外国人とコミュニケーションを取り、災害時に助け合える関係づくりが大切なことを教わった。
SNS上では、専門家ではない市民が遺跡を発見を報告ということが相次いでいる。なかには自治体によって認定されたケースもあり、専門家から遺跡大発見時代が到来しているという声もある。国土地理院が公開している詳細な標高データを元に作られた立体的な地図を通じ、古墳などに似た地形を見つけ出せるという。AIを活用することで地図上で前方後円墳を自動検出するシステム利用した方法では、前方後円墳と見られる1000以上の痕跡を文化財のデータベースなどと照合するとそのうち60箇所が未発見のものであることが分かったという。デジタル技術を使った文化財保護を研究している専門家は、こうした遺跡探しについて、「自分が住んでいる土地の歴史を知ることになって、愛着に繋がる。」「地域の歴史を見つめ直すきっかけにしてほしい。」などと話しているという。また、古墳や山城の痕跡を発見しても、地権者の許可を得ずに立ち入ることや発掘行為はしないように注意が必要。
太平洋戦争終結前後3週間のうちに宮崎県北部高千穂町の山で2つの軍用機の墜落事故があった。高千穂町の高台には、1945年に周辺の山々に墜落したB29のアメリカ兵12人と旧日本軍の戦闘機「隼」の日本兵1人の合同慰霊碑がある。高千穂町出身の工藤寛さん(72)は、慰霊碑を作った地元有志の1人であり、約30年にわたり、慰霊祭を続けてきた。39年前に高千穂の標高1644メートルの山を登山中、金属製のものにつまずき、調査を始めたという。ほかにもタイヤやエンジンなどが散乱していたという。しかし、どんなに調べても情報が見つからず。工藤さんは地元のお年寄りに聞き取り調査をはじめた。そして、聞いた話の共通点が終戦から間もない時期であり、B29の爆撃機・十数人が亡くなっていたことや見たことないような大量の物資を積んでいたというものであった。1990年、知人を通じ米空軍に問い合わせたところ、報告書が見つかったと連絡が入った。墜落したのは終戦から2週間あまり経た「8月30日午前8時頃」と報告書に書かれていた。報告書には、B29は福岡県のアメリカ捕虜収容所に物資補給のため向かっていたと記載があり、大破した期待や遺体の位置などの現場の様子も記載されていたという。工藤さんは、町内の戦没者墓地案内板に東京都出身である「徳 義仁」との記載を見つけ、どのような人物かを防衛庁に問い合わせた。受けとった記録には、「飛行第65戦隊に所属」「昭和20年8月7日朝鮮海峡にて殉職」と記載があり、戦没者墓地の記載と相違していた。遺族を探すため、当時の厚生省に問い合わせるも、プライバシー保護の観点から困難という返事があった。工藤さんは「戦友会」の名簿を入手し、全国各地をめぐるなか、かつての戦隊長を見つけることができた。そこで明らかになったのは、陸軍軍曹「徳 義仁」さん(当時21歳)は1945年8月7日に夜間訓練飛行に飛び立ち消息不明になり、隊長は飛び立った方向から「朝鮮海峡にて殉職」と報告したとのことだった。工藤さんは、名簿を頼りに遺族の居場所をつきとめ、47年ぶりの再会を果たそうと「徳 義仁」さんの姉と妹が東京から訪れた。工藤さんは、「やっと遺族に知らせることができた。会わせることができた。頑張ったかいがあったな」などと話した。工藤さんは、今年も墜落現場に訪れており、81年経た今でも山には残骸が残っているという。工藤さんは慰霊碑の鐘に平和への願いを託している。そして、「戦争も忘れた頃にまたやってくる可能性がないとは言えない気がする」「鳴らし続けてたとえ小さくても鳴らし続ける必要があると思っている」などと語った。
戦後生まれの工藤さんは戦争経験もなく知り合いを戦争で亡くした訳でもないが、「自分たちは戦争を経験した人たちから直接話を聞けた最後の世代。金属片に出会った以上、私が調査をして語り継いでいかなければなかったことになってしまう。後世に伝えることが自分の使命だと感じながら活動を続けている」と話していた。
鳥取・岡山両県の警察は容疑者の逮捕を想定した合同訓練を行った。鳥取県警が岡山県警に連絡し、両県を結ぶ国道に各県警が緊急配備の態勢をとった。
鳥取県西部地震から26年となるきょう、県は耐震ベッドを庁舎に展示。地震では日野町などで震度6強の揺れを観測し、県内中心に約3500棟が全半壊。ベッドは購入に約40~70万円がかかるが、県内13市町村では今年度から3年間65歳以上の高齢者や障害者などが住む家に設置した場合は最大62万5000円を補助する制度を行っている。
クマなどの被害対策を行う市町村の人手不足を補おうと、県は”中間支援組織”を来年4月設立へ。山形県は去年のクマによる人身被害が過去最多。新たな組織には30市町村が参画意向を示していて、4地域に支援員を計9人配置することを想定。来年度後半をめどに麻酔銃運用を開始し、将来的に銃による捕獲を目指す。
金沢市できょう小学生が伝統工芸を体験する授業が開かれた。子供たちは実際に加賀友禅に使われる絹の生地にのりをのせる作業を体験。
七尾市は能登半島地震で自力での住宅再建が困難な被災者が暮らすための災害公営住宅について、イヌやネコなどを飼育できる災害公営住宅を建設する方針。2028年秋ごろに入居開始予定。
霧島市役所ではきょう協定の締結式が行なわれ、市教委の池田浩一教育長と韓国のキョンギ道教育庁国際教育院のキム・ヨングヮン院長が協定書に署名した。この協定により霧島市とキョンギ道の小中学校・高校同士がオンラインで交流を深める。式ではキム・ヨングヮン院長が今日の協定により「両地域の子どもたちが継続的に交流し学び合いながら大きく成長していくためのより確かな基盤が整った」と挨拶した。キョンギ道は首都・ソウルを囲むようにする人口約1400万人の自治体で、東京や大阪などの学校とオンラインで交流をしているが今回、九州の学校とも交流したいと協定締結の打診があった。霧島市教育委員会がこうした協定を結ぶのは初めてで今年度は市内の小中学校や高校の計4校がすでに交流を行ったり、予定したりしている。
赤米は古代米の一種で毎年4月に苗を植える南種子町の宝満神社の御田植祭は国の重要無形文化財に指定されている。この赤米が収穫の時期を迎え、おととい神社には地元の子供達や保存会の役員など約30人が集まり収穫に感謝する神事が行なわれた。このあと田んぼへ移動し、大人が鎌を使って稲を刈り取る手本を見せると鎌の使い方や刈り取り方を教えてもらった子どもたちも次々と稲を刈り、大きく実った赤米を収穫した。稲刈りのあとは千歯扱きや足踏み式の脱穀機など昔ながらの農具の使い方を学んでいた。
