- 出演者
- 島本真衣 大下容子 デーブ・スペクター 菅原知弘 中野信子 紀真耶 並木万里菜 水越祐一 浦林凜
東京・豊島区では昨年度、スーツケースの不法投棄が約290件確認された。区は対策としてパトロール車による多言語での呼び掛け巡回、チラシ配布などを行なって周知している。デーブ・スペクターは「今スーツケースが安い。昔は大事に使って何年も使っていた」などとコメントした。
コーナーオープニング映像。
豪雨の影響で電車やバスが運休し多くの利用客が足止めになっている成田空港から中継。今朝からバスや鉄道の運転が再開し、それを求めて多くの人が集まっている。始発から運転を再開した京成線では切符を求める人で殺到し、一時入場規制がされていた。お盆期間に海外旅行に行った人が帰国するなど、きょうは5万人以上が成田空港に来る見込み。
関東の気象情報を伝えた。
熊本・八代市から中継。九州自動車道は地震の影響で松橋IC-えびのICで通行止めが続いていたが、きょう午前6時に全線の通行が可能となった。川田橋は橋桁の一部の交換が必要なため、下り線のみを活用した対面通行となっていて、現在もその影響は残っている。下通る国道3号では九州道が通行できない影響で渋滞が発生していて、復旧の足かせとなっていた。
豪雨の影響で電車やバスが運休し多くの利用客が足止めになっている成田空港から中継。今朝からバスや鉄道の運転が再開し、多くの人が行き来している。始発から運転を再開した京成線では切符を求める人で殺到し、一時入場規制がされていた。お盆期間に海外旅行に行った人が帰国するなど、きょうは5万人以上が成田空港に来る見込み。
千葉県で線状降水帯が相次ぎ、大規模な冠水も。記録的豪雨で5人死亡。きょうも豪雨の予定。千葉県庁では、帰宅困難者は一時滞在施設が開設され、受付を待つ人の長い列ができていた。一時滞在者「駅で待っていたんですけど(雨が)やまないので避難所に来ました」と一時滞在者「これを(金色のアルミシート)支給していただいて助かった。あと水とタオルもいただいて」と話した。1500人以上が一夜を明かした。階段やエスカレーターを大量の水が流れる。道路ではマンホールが吹き出した。相次ぐ車の水没被害。いつもの道が予期せぬ事態に。
「昭和の名曲」の番組宣伝。
千葉・我孫子市では雨水が流れていた。交差点ではライトをつけたままの車が立ち往生。雷が鳴り響く交差点では、消防隊員が交通整理にあたった。飲食店では、店内に水が流れ込み、テーブルの上に避難していた。千葉市のJR蘇我駅では、撮影者「道路が動く?どういう事?」とした。成田空港午前6時ごろ。6600人がターミナル内にとどまり寝袋などを利用して、一夜を明かす。空港にとどまった人「寒くて寝られなかった」と話した。道路が冠水し、車内に人が閉じ込められるなどの被害で千葉県では5人が死亡。千葉県では線状降水帯が3回発生。記録的短時間大雨の気象防災速報は25回。千葉県はきょう午前8時から対策会議を開催。自衛隊は県知事からの災害派遣要請を受け、JR蘇我駅周辺で帰宅困難者約4000人の輸送支援を開始と発表。午前7時半から、一時滞在施設の千葉文化会館に輸送。熊谷知事は、「多くの方が駅やその周辺に滞留されている。引き続き災害対応と並行して帰宅困難者の支援に万全を期していきたい」とした。
千葉県で局地的に大雨。千葉市では24時間雨量が最大367mmを記録。観測史上1位の雨が降った。
千葉・大網白里市の空中映像。冠水の影響で多数の車が残されている。車に人が閉じ込められるなどがあった。現在詳しい被害の状況を収集中。
千葉・大網白里市から中継映像。水に浸かり、駅で立ち往生していた車両をレッカー車で運んでいる人も。また、大網駅構内も水が侵入し、駅構内を掃除。飲食店も店から水を外に出す作業が必要だということだった。町の風景が一夜にして、一変したのがわかる。
千葉市の空の様子を中継。きのう午後5時からきょう午前1時まで千葉県で気象防災速報が25回発表。この時間も、レベル4土砂災害危険警報が千葉市・市原市・茂原市・大網白里市に発表。この後も局地的大雨がくることもあり、引き続き警戒が必要。関東、北陸、東海にかけて発雷エリアが広がっている。きょうも大気が不安定。交通情報。一部区間運休は、総武本線、成田線、京葉線、内房線、外房線、東金線。成田エクスプレスは始発から夕方ごろまで運休。特急「さざなみ」「わかしお」「しおさい」、久留米線は終日運休。停電情報は、千葉県で約22800軒、茨城県で約580軒、栃木県で10軒未満となった。記録的豪雨で、死者も。市川市、八千代市、千葉市で各1人。柏市で心肺停止1人。佐倉市で2人死亡。万が一車内に閉じ込められた場合の対処法。長野県警HPによると、まずは、119番通報。水が窓に達する前に脱出用ハンマーなどでガラスを割る。エンジンルームと反対の方向に移動し、救助を待つ。
あすは81回目の終戦の日。きょうはサッカー日本代表の森保一監督と平和について考える。森保監督は高校生まで長崎で過ごし、広島で30年近く過ごしているという。
8月6日、広島市で平和記念式典が行われた。しかし、地球上では今もウクライナ、ガザ、イランで戦闘が続いている。ヨーロッパ諸国では軍拡の動きが加速している。広島の平和記念式典には過去最多121の国と地域の代表が出席。その中にはサッカー日本代表・森保一監督の姿もあった。2012年~2017年までサンフレッチェ広島で監督を務めチームに3度のリーグ優勝をもたらした。その度に慰霊碑に花を手向けた。8月9日、森保監督の姿は長崎にあった。
サッカー日本代表の森保一監督の生い立ちを紹介した。長崎で小学校1年生から高校卒業まで、広島で選手時代から監督までを過ごした。森保監督の父は3歳のころ長崎で原爆投下の日を迎えたという。森保監督は「日本で起こったこと悲劇や悲しみを知り心に刻んで日本代表として活動できるようにと考えて参列している」、「二度と起きてはいけないということを平和学習、ニュースで流れてくる。これは人類の中で起きてはいけないことというのは心に刻まれている。相手のことを尊重して日常から対立することはできるだけないようにと考えている」などとコメントした。
森保監督はサンフレッチェ広島の監督を2012年のシーズンから2017年7月まで続けてきた。森保監督によると、サンフレッチェ広島で監督をしているとき平和への思いが強くなったということでホームの試合前には平和公園で犠牲者の方々に祈りを捧げることが習慣になっていたという。森保監督は「平和があるから自分たちはサッカーできるんだということをより強く感じた」などとコメントした。2019年には東京オリンピックを目指す世代の代表チームが広島の平和公園などを訪れた。中野は「日本人だったら必ず学んでくる内容ではあるが、広島で過ごされた方は自分の頭を上を飛行機が飛ぶのは嫌だと話す。土地の記憶を持つんだなと思った」、デーブは「ずっと言う必要性はある。忘れさせない風化させない。色んな形でやり続ける必要性はある」などとコメントした。
W杯北中米大会でイラン代表は一度も経験したことのない事態に陥った。開催国アメリカと軍事的に対立ているためだった。当時、イランの入国ビザを選手などのみ発給し関係者十数人の入国は認めなかった。さらにイラン代表の合宿地を国内に置くことを認めず試合ごとに長距離移動を強いた。イラン代表は3引き分けでグループリーグ敗退。森保監督率いる日本代表はミャンマーやシリアなど政情不安の国々とも対戦してきた。
日本代表は世界中で試合をしている。対戦相手が内戦中、紛争中ということもある。森保監督は「我々はカタールのワールドカップに向けて、今回の北中米のワールドカップに向けて2度ミャンマーと対戦している。1回目は何も起こっていないミャンマーに行き、2度目はクーデターが起こり内戦状態にあるミャンマーに行った。1回目は朗らかでホテルから見る景色もたくさんの人が往来していたが、2度目は人の表情が硬く、街も異様な雰囲気で自分たちも巻き込まれるんじゃないかという雰囲気だった」、国歌斉唱での涙について「日本人である誇りと喜びが溢れ出てくるし、歴史をつなげてくださった方々への感謝の気持ちが溢れ出てくる」などとコメントした。
森保監督は6年前のテレビ朝日のシンポジウムに出た際、「『復興』を言葉で言うのは簡単。破壊され心も折られながら皆さんが苦労と粘り強さで最後まであきらめずに街を建て直した」と話していた。森保監督は「復興とは前を向いて行こうと教えてくれている。心が折れたとしても人生は続くので、前を向きながら前進する気持ちを持っていこうと、復興という言葉は我々に投げかけをしてくれているような気がしている」、デーブ・スペクターは「人間は愚かだから戦争がいまだにある。結局、犠牲になるのは市民。復興するのは市民だから、何とかならない限りはまた戦争が起こる」などとコメントした。
