- 出演者
- 上田晋也 浅田舞 岡野雅行 礼二(中川家)
オープニング映像。
オープニングの挨拶。ゲストは浅田舞・岡野雅行・礼二(中川家)。浅田舞はアルゼンチンタンゴを習いにアルゼンチンへ行ったことがあるという。
20世紀初頭、世界第3位の経済大国だったアルゼンチン。繁栄を支えたのは広大な国土で生産される牛肉や小麦などの輸出。鉄道は生産物を内陸から港に輸送する際に必要不可欠で、アルゼンチン発展の立役者だった。そのアルゼンチンの鉄道において多大なる貢献を果たした日本人がいるという。残された史料にはミゲル・キングという名前が記されていた。調査を進めると本名が牧野金蔵だということが分かった。牧野金蔵はアルゼンチンに移住した最初の日本人だとされている。取材班はアルゼンチン・コルドバ郊外に住む子孫の元を訪ねた。ことしで91歳になるルベン・キングさん。会ったことはない祖父・牧野金蔵について「私はいつも祖父に感謝しています。彼は人を助けることの大切さを教えてくれました。牧野金蔵は私の誇りです」などと話した。
スタジオメンバーは、アルゼンチンで1000年以上前から親しまれている飲み物・マテ茶を試飲。牧野金蔵が仲間に振る舞っていた記録も残っている。マテ茶について上田晋也は「クセがある。薬草っぽい」などとコメントした。
牧野金蔵は1859年に三浦三崎で生まれた。牧野家は徳川直参の旗本(徳川将軍家に仕え、将軍謁見が許された上級武士)。幕末の旗本を研究する樋口雄彦さんは、明治維新で社会は一変し、徳川家に仕えていた幕臣たちは拠り所を失い、新たな道を模索せねばならず、そうした境遇の変化こそアルゼンチンに渡った理由ではないかと考えているという。一方、旗本は江戸に屋敷があってそこで生活するのが普通だが、三浦三崎に生まれて育つというのは違和感があるとも話した。取材班は神奈川・三浦で牧野について調査したが、得られた情報はなかった。
アルゼンチンタンゴは牧野金蔵が暮らした19世紀末にブエノスアイレスで生まれた。スタジオで浅田舞と岡野雅行がアルゼンチンタンゴを披露した。
- キーワード
- ブエノスアイレス(アルゼンチン)牧野金蔵
アルゼンチン最初の移民として後に続く日本人たちを支援していた牧野金蔵。中でも目をかけていたのが大野与三松。大野与三松は慶應義塾出身の知識人。福沢諭吉から学んでいたという記録もあった。大野与三松はブエノスアイレスで地下鉄A線工事に携わった。当時、ブエノスアイレスでは経済成長により急激に人口が増加。深刻な交通渋滞に悩まされていた。そこで計画されたのが、世界でもまだ数が少なく南米では初となる地下鉄開発。ほとんどが手作業で進められる過酷な工事にあって、大野与三松は重要な役割を果たしたと考えられている。1913年に地下鉄A線が開通。日本初の地下鉄・銀座線よりも14年も早く開通した。一方の牧野金蔵は、大野与三松たちの偉業を見届けた後、1929年8月19日に逝去した。
今、アルゼンチンではエイダン(丸ノ内線)やナゴヤ(東山線)などの日本の車両が走っている。礼二は「日本の鉄道車両の技術がすごいんで向こうでまだまだ走れているっていうのが見れて面白かった」などとコメントした。
1500万人にも及ぶ人々が利用するブエノスアイレスの地下鉄。実は今、牧野金蔵の子孫・リカルドさんが働いている。
- キーワード
- ブエノスアイレス(アルゼンチン)牧野金蔵
NHKスペシャルの番組宣伝。
