- 出演者
- 設楽統(バナナマン) 小室瑛莉子 カイ(超特急) 川田裕美 ゆうちゃみ
愛知県蒲郡市三谷町には死者の海と呼ばれる場所があるという。現地で聞き込みをしたところ死者の海を知る者はいなかったが危ないという噂がある仏島の情報を入手。仏島周辺は複雑な岩礁が広がっており座礁する危険があるため船で近づくことができない海域とのこと。そこで三河大島でカヤックを手配し仏島へ上陸。岩場の中で異様な存在感を示していた石碑は仏が彫られた石像だった。
日本昔ばなし協会がアニメ化した仏島の民話を紹介。兄弟の船頭が村の石材店からの依頼でお釈迦様を供養するための石塔を運搬していた。しかし突然海が荒れ狂い船は島へと流され石塔は海の底へ。岩陰から亡者たちが現れ手招きをしていた。2人は命からがら浜へ逃げ延びた。その後、再びそこへ通りかかるとまたしても不思議な力で島へと引き寄せられてしまい、海に沈んだはずの石塔が岩の上に立っていた。この海域は海底に切り立った岩礁が広がる危険な浅瀬だった。そのため古くから海難事故が絶えなかった。亡き人たちが供養を求めていると悟った兄弟は村の人々とともに弔ったという。その後人々は島を仏島、この海域を死者の海と呼ぶようになった。蒲郡市博物館で話を伺うと、戦国時代に暴風雨で遭難した武士が観音様に祈り助かったことから感謝を込めて仏島に観音像を刻んだという伝説がある。現在の石像はその伝説にちなみ1957年に有志によって建立された。
カイは父親が世界各地の海でダイビングするのが趣味だったことが名前の由来だと明かした。
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- 仏島
熊本・津奈木町の沿岸に立ち入り禁止の謎エリアがある。のどかな海辺の景色にそびえ立つ巨大な建造物が立ち入り禁止だという。
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海の上に建つ立ち入り禁止の建物の正体は小学校の校舎。日本で唯一の海の上の学校だった赤崎小学校の校舎で老朽化がはげしく危険なため立ち入り禁止となっている。赤崎小学校の創立は1874年。児童の増加で校舎が手狭になり、広い敷地の確保が困難だったことから開校から約60年後に現在の校舎が建つ場所への移転・増築を計画し手作業で海を埋め立てた。4年がかりの大工場で校庭と校舎が完成。1973年に建て替えを検討し、広いグラウンドを確保するために埋立地を広げ新校舎を海の上にせり出して建てるという大胆な計画が立てられた。1976年、海上の新校舎が完成。2010年に閉校したが地域の象徴として校庭は取り壊されることなく残されている。
今回、校舎内へのドローンでの潜入が特別に許可された。貴重な機会として学校に思い出のある方々にも声をかけ卒業生や当時の先生など50人以上が集まった。入口を入るとすぐに目につくのは卒業生が製作したモザイクアート。卒業生によると廊下の窓から釣りをしていたという。2010年に地元テレビ局によって撮影された学校生活の記録映像を紹介。校舎が面している海は八代海でアジやサバなど様々な魚が釣れる。廊下で釣った魚は家庭科室で調理していたという。
赤崎小学校ではボートの授業が取り入られていた。また校舎の目の前の赤尾島は干潮時に陸続きになるため潮干狩りをすることもあったという。職員室には閉校当時の児童のネームプレートが残されていた。林田愛由さんは閉校当時4年生だった。漁師の父が学校近くの海を漁船で通る時は廊下の窓から海を挟んで手を振り合った思い出があるという。校舎に他にも、吉野浩也さんがケンカの最中に不注意で開けてしまった壁の穴などが残されていた。卒業生たちが口を揃えてもう一度見たいと語ったのは丸窓からの景色。
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海の上の学校に特別にドローンで潜入。卒業生が忘れられないというのは丸窓からの景色。海の上の学校には消えることのない思い出が詰まっていた。
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- 津奈木町立赤崎小学校赤尾島
スタジオメンバーが通ったアンビリバボーな学校を紹介。川田裕美の母校は泉大津市立東陽中学校。そのすぐ隣には泉大津市立誠風中学校が並んで建っている。1947年に開校した当時は東陽中学校は男子校、誠風中学校は女子校だった。しかし翌年にはどちらも共学になったため学区も分けたという。
スタジオメンバーが通ったアンビリバボーな学校を紹介。設楽統は母校が広すぎて端まで行ったことがないと話した。
設楽統の母校は埼玉県立秩父農工科学高等学校。専門技術を学べる7つの学科がある。農業科実習棟はテニスコート約40面分の広大な農場がある。学校の総面積は東京ドーム約3個分。
2010年に閉校した赤崎小学校。老朽化により校舎は現在立ち入り禁止に。しかし町の美術館と連携し赤尾島と繋がる陸地にアート作品を展示している。中でも注目されているのは2021年からはじまったアートイベント「海渡り」。毎年秋に卒業生や地元の人を中心にアーティストとともに赤尾島と校舎を赤い糸で繋ぐ作品作りを行う。学校の跡地はいま赤崎の文化を発信するシンボルとなっている。体育館はそのまま利用され今も卒業生たちが集まる地域の拠点となっている。赤崎小学校の歴史をまとめた記念誌に同封された閉校式の様子の映像を紹介。閉校する時に校舎の取り壊しも検討されたが、町と地区住民の話し合いの末にそのまま見守っていくことになっているという。
奇跡体験!アンビリバボーの次回予告。
