- 出演者
- 設楽統(バナナマン) 小室瑛莉子 本仮屋ユイカ 大橋卓弥(スキマスイッチ) 常田真太郎(スキマスイッチ) 塩崎太智(M!LK) 佐野愛花(CUTIE STREET)
オープニング映像。
当時19歳だった後の人気者は地元・愛知の先輩にバンドを組もうとしつこく誘われていたが、先輩の演奏が下手だったため断り続けていた。ある日後の人気者はバンドを解散し1人で路上ライブを行うようになった、。パソコンのソフトを使い様々な楽器の音を組み合わせて曲を制作することを得意としていた先輩にCD制作を依頼すると、後日先輩から知り合いのプロデューサーから俺達の曲ならデビューできるかかもと言われたと連絡が来た。後の人気者の曲を内緒でプロデューサーに聴かせていた先輩は、一緒に組んでいることにしていた。
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- 愛知県
先輩は後の人気者にある有名プロデューサーに曲を聴かせたとウソをつき、5曲だけ一緒に作ろうと誘った。有名プロデューサーと仕事ができるならと渋々一緒に曲を作ることになった。後の人気者の才能に一目惚れしていた先輩は、様々なアマチュアバンドの曲のレコーディングやアレンジで腕を磨きながら誘い続けていた。一緒にやるのは5曲だけの約束だったが、先輩がライブやオーディションの日程を次々決めてきた。2人の活動は5曲だけではとどまらなくなり、2003年にメジャーデビューし紅白歌合戦にも出場した。
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- NHK紅白歌合戦
後の人気者の正体はスキマスイッチの大橋卓弥、先輩は常田真太郎だった。大橋は、自然消滅すると思って良くなかった曲だけ出していたが、その曲すらも一緒にやると広がっていった、本当に感謝していると話した。
何度も一大ブームを起こした人気者は、学生時代テニスに熱中していたが高1でひざの痛みでドクターストップがかかった。テニスを諦めざるを得なくなり、その後友人に誘われてバンドでギターを弾くことになった。大盛況だったライブの噂を聞いた同級生の母の知り合いからQUEENの来日公演に誘われた。芸能事務所の社長だった彼女は、何色にも染まっていない青年と感じ、芸能界に勧誘した。俳優をやることにした彼は、ヤンキー漫画原作映画の準主役に抜擢された。人前で何かを演じることに恥ずかしさを感じて本気になれずにいたが、21歳の時にある国民的役者と出会ったことで感情に変化が起き、俳優という仕事に本気で向き合うと決意した。
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なかなか芽が出ずラストチャンスとして臨んだ作品は、国民的俳優と共演したドラマと同じ監督だった。納得いくまで何度も撮り直し、とことん突き詰める性格を遺憾なく発揮した。この作品が放送されると次々とオファーが舞い込み、デビュー4年目で社会現象を起こすドラマに出演した。
一大ブームを起こした人気者は織田裕二だった。1991年にドラマ「東京ラブストーリー」で人気を不動のものにした織田は、20歳の時に映画「湘南爆走族」でデビュー。織田の人生を大きく変えた作品は「北の海峡」。山崎努との共演がきっかけで俳優をとことん突き詰めることを決意した。「新説・三億円事件」で再び共演し、撮影中に1回だけ2人で会話をした。もう心がなくなっている恋人に抱きしめられるシーンで明後日の方向を向きながら抱きしめる演技をしたが、山崎に「好きで好きでたまらない気持ちで抱きしめていたらどうなっていたかね」と言われた。織田は、そっちのほうが全然切ないと感じた、俺のやった芝居は「心がないです」の説明にすぎなかった、話しかけてくださったのはその時だけと話した。1993年の「振り返れば奴がいる」で冷酷な天才外科医を演じた織田は、本物の医師から動きを学んだ。ライターは自前で、フタを開けた時の音が芝居の味付けになったという。「踊る大捜査線」では、正義を貫く刑事・青島俊作を演じた。青島はヘビースモーカーの設定だったためデスクの上には吸い殻が山積みになった灰皿が置かれているが、青島の世界観を作るため織田が発案したものだった。和久刑事を演じたいかりやは、台本を読んでいるときにかけていた老眼鏡を織田に持っていかれた。和久刑事はメガネをかけていない設定のため跡がつかないよう鼻あてにティッシュを挟んで返されたいかりやは「こいつはすげえなぁ」と話したという。いかりやは、映画2作目の公開から1年後に亡くなった。「踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!」が公開中。
1990年、ある主婦が相模原市にオープンした店でアルバイトを始めた。掃除の徹底ぷりなどを社長に感謝され、あがり症も克服していった。
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- 相模原市(神奈川)
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主婦は社長にアルバイトしている店の店長をやってほしいと打診されたが、夫は「女性は家庭」という考え方を持っていたため理解を得られなかった。それでも2号店の店長になったが、売上は上がらず閉店となった。
閉店を突きつけられたアルバイトたちは、心を入れ替え店を残すことを目標に一致団結した。
アルバイトの頑張りで1日の売上は3万円から20万円に増え、店舗も継続することになった。主婦はその実績を買われ、売上が低迷する東京・八王子堀之内店の立て直しを依頼された。徹底指導した結果、アルバイトにボイコットされた。
アルバイトたちは新店長となった主婦に反抗して出勤を拒否した。極力無駄な動きをなくして常に商品を補充し、挨拶はやまびこのように声を続けることでたくさんの従業員がいるように見せかけた。彼女が褒め言葉をかけることで、スタッフは生き生きと働くようになった。1か月に堀之内店は全店舗の中で売上トップになった。苦肉の策から生まれたダッシュ、在庫の出し切り、やまびこは全店のスタンダードになった。
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主婦は、ブックオフ2代目社長の橋本さんだった。創業者だった前社長は、橋本さんの主婦感覚と現場スタッフのやる気を育てる手腕を評価した。「買取」という言葉が上から目線と感じた橋本さんは「お売りください」というキャッチコピーを作った。69歳の時にブックオフを退社し、主婦に戻った。他界した夫の同僚から、夫が橋本さんのことを自慢していたという話を聞いた。
「振り返れば奴がいる」の撮影中、止まった心臓が再び動き出した患者に対して織田が演じる司馬江太郎が言い放つ「脳みそが死んでんだよ」というセリフにフジテレビからストップがかかった。織田は、ドラマの核なので「絶対に切らないでください」とお願いしたと話した。
「踊る大捜査線」の撮影に入る前には必ず台本読みの時間があったが、役者は織田裕二のみ。他の役のセリフは監督が担当した。本番で演技を迷わないため、織田の希望で行われたという。
