- 出演者
- -
2025年は中村屋ファミリーにとってめでたい年となった。中村七之助がついに結婚。披露宴には600人を超える招待客が一堂に会し2人を祝福した。片岡仁左衛門や中村東蔵など錚々たる顔ぶれが訪れた中、友人挨拶を務めたのは尾上松也。その他にも中村獅童や大竹しのぶなども新郎新婦へ祝いの言葉を贈った。新郎の挨拶では兄の中村勘九郎の目に涙が浮かんだ。
オープニング映像。
中村七之助の結婚が報じられたのは2025年4月のこと。妻の杏奈さんはその1年前から七之助の公演に同行していた。節目となる年、七之助は坂東玉三郎に教えを請い、大きな役に挑んでいた。
- キーワード
- デイリースポーツ信州・まつもと大歌舞伎
7月30日、歌舞伎座。七之助は人間国宝・坂東玉三郎に女方の稽古をつけてもらっていた。玉三郎は七之助の父・中村勘三郎の盟友。幾度となく共演し2人の舞台は圧倒的な人気を誇った。玉三郎が指導しているのは神話を元にした作品「日本振袖始」。これまでも玉三郎に女方の指導を仰いでいた七之助は2024年、代名詞の鷺娘を熱演。歌舞伎座に詰めかけた満員の観客を魅了した。20年前は男役を演じていた七之助だったが、玉三郎の指導を受けてからは女方の奥深さを知り、20代で役者人生を懸ける決意をした。その後次々と女方として大役を演じてきた七之助は35歳の時、格式の高さと女方が持つ気品が同時に求められる助六の揚巻を玉三郎から継承。揚巻は美貌と教養を兼ね備えた最高峰の花魁。演じることが叶うのはごく限られた俳優のみ。七之助の兄・勘九郎は「中村屋から揚巻が出たっていうのはこれは一番うちの父親が喜んでいると思います」と語り、父の写真を持って舞台袖まで行き揚巻を演じる七之助の姿を見せたと明かした。
2025年3月、歌舞伎座。中村勘九郎は歌舞伎の三大名作の一つ「仮名手本忠臣蔵」に挑んでいた。仮名手本忠臣蔵は全11段の場面に分かれ、役者と演奏者あわせて200人以上が参加。セット転換も含めるとすべての場面を演じるのに15時間かかることもある超大作。歌舞伎での初演は1748年。実際に起こった赤穂浪士の討ち入り事件を題材に時代設定や人物名を変えて上演された。今回の公演では、勘九郎は浅野内匠頭をモデルにした塩治判官を演じ、大石内蔵助をモデルにした大星由良之助は片岡仁左衛門が演じる。仁左衛門は勘九郎の父・勘三郎が塩治判官を演じた際も大星由良之助を演じた。3月4日の初日、歌舞伎座は超満員。刃傷松の廊下の三段目を演じ終えた勘九郎は四段目の切腹場面の準備で楽屋へ。勘三郎が演じた当時、楽屋にいてその場面へ挑む際の異様な緊張感を感じ取っていた勘九郎は自分が演じるにあたり、初めて密着カメラを遠ざけ、楽屋にこもり集中した。
仮名手本忠臣蔵、四段目切腹の場面。勘九郎は塩冶判官の切腹を見事に演じきった。今回、塩冶判官の他に勘九郎が演じたのは主人公の早野勘平。行き違いから悲運の連鎖を招いてしまう忠義の男に江戸の庶民は熱狂した。勘九郎は仮名手本忠臣蔵について「よくできている。いい芝居。しかもいろいろな型があっていろいろなやり方があって全て正解で組み立てられているっていうその中にいられるのは歌舞伎役者をやっていて本当に良かったなとつくづく思います」と語った。
中村屋が所属する事務所の創業者・田中亨さんが死去。田中さんは勘三郎とともに平成中村座をプロデューサーとして作り上げ海外公演を次々と実現させてきた中村屋の偉業の立役者だった。9月には浅草公会堂で偲ぶ会が行われ、多くの関係者が突然の別れを惜しんだ。
5月、結婚を控えた七之助は杏奈さんとともにかつらの工房を訪問。結婚式も披露宴も和装のため杏奈さんのかつらを選ぶ。試着する杏奈さんのかつらを手に取った七之助はその軽さに驚愕。歌舞伎のかつらの金型は銅でできており、どっしりと重い。結婚式の準備で忙しい中、杏奈さんは七之助の地方巡業にも足を運んでいた。
- キーワード
- 中村勘三郎[18代目]大澤
5月、結婚式の準備で忙しい中、杏奈さんは七之助の地方巡業にも足を運んでいた。結婚すれば女将さんとして仕事をしなけらばならない楽屋で、緊張気味に過ごす杏奈さん。七之助はそんな杏奈さんを置いて数年前からハマっているというサウナに出かけてしまった。6月には結婚式を間近に控えながらも七之助は博多座で六月博多座大歌舞伎に出演。式の準備は妻と母にまかせたまま、千秋楽を迎えた。6月30日虎ノ門のオークラ東京で神前式、披露宴が開催。披露宴会場には亡き父・勘三郎の席も用意された。式を終えた七之助は「またこんな偉そうなこと言ったら怒られるかもしれませんけれども妻が誇らしいようにどういうふうな役者になる、それは生かすも殺すも私の芝居次第」と語った。
中村勘九郎の長男・勘太郎は今年14歳、次男の長三郎は今年12歳になった。勘太郎が生まれたのは2011年。勘三郎にとっては初孫で目の中に入れても痛くない可愛がりようだった。初舞台に立ったのは2歳の時。9歳にして連獅子の子獅子に挑戦。勘九郎の厳しい指導を受けながら成長を遂げてきた。14歳の誕生日を迎えた2月、中村屋ゆかりの猿若祭で本格的な女方に挑んだ。演目は人情噺「文七元結」。父親のために自らを身売りすることを決意した娘・お久を演じる。十代の娘の健気さを精一杯演じきり成功を収めた。
次男の長三郎は2013年生まれ。初めて歌舞伎座の舞台に立ったのは3歳の時。10歳になると連獅子に挑戦。本番に強く幾度も舞台を沸かせてきた。
中村鶴松は一般家庭の出身。歌舞伎界の大名跡を継ぐ御曹司たちとは立場が大きく違う。そんな中、初代「中村舞鶴」を襲名し御曹司たちと肩を並べる「幹部俳優」に昇進した。鶴松は5歳から子役として歌舞伎の舞台へ。10歳で中村鶴松を名乗った。一般家庭から歌舞伎の世界へ入るためには国立劇場養成所で歌舞伎俳優研修の受講を受ける必要がある。鶴松は所属していた児童劇団の勧めで歌舞伎のオーディションを受けたのがきっかけだった。勘三郎に才能を見込まれ中村屋の部屋子に。学業に励みながら歌舞伎を続けたが御曹司とは違いなかなか主役は回ってこない。2024年2月、「新版歌祭文 野崎村」で主演に抜擢。歌舞伎の世界に飛び込んで19年がたっていた。役者として勝負に出た鶴松は歴史ある浅草公会堂で自主公演に挑戦。演目も自分で決め、勘九郎が演じた「仮名手本忠臣蔵」を上演することを決めた。
「新しいカギ」の番組宣伝。
クイズ$ミリオネアの番組宣伝。
「自主公演 第二回 鶴明会」初日。鶴松は仮名手本忠臣蔵の五段目・六段目で早野勘平を演じた。さらに40分間にわたる激しい舞踊も披露。超満員の観客から惜しみない拍手が送られた。
2001年、劇作家の野田秀樹が勘三郎とタッグを組み、古典歌舞伎「研辰の討たれ」を新しい視点で書き直し演出。現代の劇作家による試みが話題を呼び歌舞伎座の歴史に残るスタンディングオベーションを巻き起こした。その野田版研辰の討たれをほぼ全員新たなキャストで再演する計画が始動。勘九郎は父・勘三郎が演じた主役・辰次を、七之助は中村福助が演じた萩の江・およしを演じる。他にも松本幸四郎などが出演。勘九郎と幸四郎の息子、市川染五郎と中村勘太郎は初演で父親2人が演じた平井兄弟役に抜擢された。
「新しいカギ」の番組宣伝。
クイズ$ミリオネアの番組宣伝。
2001年以来の上演となった「野田版研辰の討たれ」。初演から受け継がれた役の他、勘九郎の次男・長三郎にも当時にはなかった役が与えられ、父子共演を果たした。公演は大成功に終わり、終演後野田は勘九郎に「久しぶりに(勘三郎を)思い出したよ。あなたの辰次を見てたけど」と語りかけた。
- キーワード
- 中村勘三郎[18代目]野田版研辰の討たれ
