- 出演者
- 黒柳徹子
武田鉄矢は1979年6月13日に初登場。歌がヒットしたことで母親が有名になった。それを父親はひがんでいるという。父親に捧げた曲も作ったが、あまり売れなかった。「母に捧げるバラード」について、母親はリリース当初、家が貧しいことをなぜ歌ったのかと怒り、口論になったという。しかし、ヒットすると聴けば良い歌だと褒めたと話した。武田鉄矢は自分の中で悲しいことが起きた時、人には面白く聞かせてあげる自分でいたいと話した。妻は九州出身。各地の女性と付き合い、結婚を申し込んだりしたが、九州の女性が良かったという。辛い時期に妻から「あんたには才能がある」と言われ、頑張ることを決意した。芝居で悩んでいた時にはアドバイスをもらい、迷いがなくなったという。武田鉄矢は福岡教育大学、実習で耳が不自由な子どもたちの小学校へ行き、国語を担当した。教師人生の方が相応しかったのではと思う時もあるという。
中尾ミエは1979年11月5日に初登場。黒柳徹子とは10代の頃から共演。スパーク3人娘の中では一番嫌われていたという。中尾ミエは黒柳徹子の喋りは勉強になったと話した。
小林幸子は1980年6月6日に初登場。ヒット曲の「おもいで酒」は150万枚売れた。この曲で15の賞を獲得。また、30分ほどでレコーディングが終わった曲でもある。作詞・作曲の方は本職ではないという。「おもいで酒」は元々B面だったといい、A面は「六時、七時、八時あなたは…」という曲だった。その後、A面が「おもいで酒」になったという。デビューから15年でヒット曲を出した。デビューは10歳、第二の美空ひばりと呼ばれて期待されていた。スタジオでは美空ひばりや島倉千代子のモノマネを披露した。師匠は古賀政男。ずっと書斎でレッスンをしていた。古賀政男は小林幸子のヒットを見る前に亡くなってしまった。
川中美幸は1981年9月15日に初登場。春日はるみから川中美幸に改名して再デビュー。その後、「ふたり酒」が大ヒットした。「ふたり酒」の前にレコードを4枚出しており、春日はるみの時から数えて8年が経っていた。当初は“酒”とついた歌が多く出ていた。母親に電話で歌詞を朗読した時、電話越しに泣いていた。その時、この歌は売れると思ったと話した。子どもの時はレコードを出せば、すぐに売れるものだと思っていた。売れない時は母親を励みに頑張ったという。
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