- 出演者
- 東貴博 清水ミチコ 所ジョージ 狩野恵里 児嶋一哉(アンジャッシュ) 高木雄也(Hey!Say!JUMP) 中間淳太(ジャニーズWEST)
北海道・釧路市に日本最後の海底炭鉱があり、案内してくれるのは松金孝生さん。釧路コールマインには民法のバラエティとして初潜入する。釧路コールマインでは約280人が24時間3交代で操業していて、メタンガス濃度が高い場所もあるため火器類は厳禁となっている。現場には「人車」と呼ばれるケーブルカーに乗って向かう。人車は11両編成で最大242人を運搬できる。坑内には8時間40分ほど作業をする。距離にして約1500mで深さ的には海面から225mの断層地帯となっている。
釧路コールマインは225m地点にあり、東京湾アクアラインは60mでより深い。炭鉱マンはケーブルカー下車後徒歩で約1km離れた持ち場へ向かう。また道は所々ボロボロだがこれは強力な地圧で鉄枠が歪んでしまっており、80年間潰れたら広げるの繰り返し、危険な隙間には木材を詰める。現場の最前線ではドラムカッターで石炭を掘り出す様子を見学した。ドラムカッターで毎時1500tの石炭を削り出している。この海底炭鉱でとれた石炭は主に北海道内の企業や火力発電所に出荷される。
番組が始まって20年、今回は20年でとんでもない貴重映像に出会ってきたぞSPと紹介した。
実話を元に作成された映画「南極物語」は興行成績1位を記録。そんなリアルな南極物語の貴重映像が国立極地研究所に残されている。昭和31年、晴海埠頭から第一次南極観測隊が出港する様子の映像を紹介。南極観測は国をあげての一大事となっていた。当時の南極観測はたどり着くことすら命がけだったという。隊員は観測担当や設営担当など53名と、犬ぞりを引くために連れて行った樺太犬。出港して2か月後、南極に向かう船に巨大な一枚氷が立ちはだかった。観測隊の目的は南極に初めての基地を作ること。そのため氷の上を通って資材を運ばなければならない。いくつもの苦難を乗り越え、ようやく建設地にたどり着くことができた。この時に作った昭和基地が今も日本の南極観測の拠点となっている。当時は氷山を割って生活水にしていたそう。2か月で4棟を完成させた。現在昭和基地には64棟の建物がある。3か月間の観測を終えた42名は宗谷に乗って帰国したが、越冬隊11人は冬の観測のために基地に残った。そして隊員以外に残ったのが樺太犬19匹だった。
昭和32年、昭和基地に向かう第二次隊の映像。船は氷に阻まれ前進できずにいた。氷に穴をあけてダイナマイトで氷を割るも効果はなく、アメリカに救援を求めるも昭和基地まで110kmの地点で前進を断念せざるを得なくなった。そこで全越冬隊員11名と樺太犬9匹のみを飛行機で収容したが、15匹の樺太犬は収容しきれず、基地に残さざるを得なかったのだった。翌33年、第3次隊が昭和基地に向かった。南極は氷に閉ざされ前進を断念したが、この事態を予測して大量の物資や人を運べる大型ヘリを用意していた。ヘリから生きた犬の姿を発見。タロとジロは1年間を耐え抜き生きていた。隊員たちの過酷な戦いと情熱があったからこそ、「南極物語」が生まれたのだ。
チャンカワイが訪れたのは奈良県。今回は玉置さんのもとに壊さずに開けてほしいという金庫があると依頼があり、しかも何かが必ず入っているという。今回依頼を受けた本夛浩さんは車やバイクなどのパーツを扱うホンダ商会という会社の社長。金庫はご自宅にあるが、自宅には高価なものがあり、自宅を特定されたくないという。本夛さんのお父さんは芸術品などのコレクターで福詩家たろうさんの作品などが保管されていた。
依頼人が「絶対に入っている」と語る金庫はダイヤルと鍵の2重ロック式の金庫の解錠作業開始。ところが鍵は壊れている可能性があるという。ペンチを使い鍵を回すも、鍵は開かず、ドリルで鍵穴を落とすことに。
依頼人が「絶対に入っている」と語る金庫はダイヤルと鍵の2重ロック式の金庫の解錠作業開始。鍵は開かず、ドリルで鍵穴を落とすことにして成功した。続いて1億通りのダイヤルを探るが、ここで電動マッサージ機で番号を探っていく。すると金庫の解錠に成功する。中には様々な箱が入っており、お父さんの形見だというパテックフィリップの時計・伊勢神宮の式年遷宮の記念小判が出てきた。
金庫の解錠に成功し中には様々な箱が入っており、伊勢神宮の式年遷宮の記念小判などが出てきた。最後の引き出しからは天皇陛下在位60年記念のコイン・札幌オリンピックの記念メダル・ミュンヘンオリンピックの記念メダルなどが出てきた。今回金庫から出てきたものがどれほどの価値があるものなのか、貴金属等の査定を行う専門店に足を運んで査定してもらうことに。その結果は約570万円、番組史上最高額となった。
レトロエンタープライズにこの日届いた依頼は8mmのDVD化で依頼人の岩永彰子さんに話を聞くと母が高齢になり、元気がなくなてきていて、父が陸上競技をしていてその姿がかっこよかったと話していて、フィルムの中に残されている可能性があり、観たら喜ぶのではないかと話した。父の三村清登さんは強豪実業団に所属しマラソンなどで活躍していた。そして、復元されたフィルムが手渡され、母の万里子さんを含め総勢9人で鑑賞する。1本目1962年7「帰広」と書かれたDVDを確認する。
岩永さんが依頼した8mmの映像を確認する。1本目1962年7「帰広」と書かれたDVDには夫婦のアパートの映像などが記録されていた。2本の結婚式と書かれたフィルムには親戚の結婚式の映像や清登さんと万里子さんの結婚式の様子が記録されていた。
「別府毎日」と書かれたフィルムには「別府大分毎日マラソン」に出場した様子が記録されているが清登さんを見つけることは出来なかった。続いて「八幡十哩」と書かれたフィルムを確認する。
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- 三村清登別府大分毎日マラソン大会
元科捜研の主婦の番組宣伝。
所さんのそこんトコロはTVer、U-NEXTで配信中。
テレ東ウェルビーイングってなんだWEEKの告知をした。
岩永さんが依頼した8mmの映像を確認する。「八幡十哩」と書かれたフィルムを確認すると父・三村清登さんが走る姿が残されていた。そしてタイトルが無かったフィルムにも走っている姿が残されていた。さらに彰子さんの幼少期も撮影されていた。
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