- 出演者
- 有馬嘉男 大谷舞風
今回は年商3億円を売り上げ限界集落を蘇らせた徳島県上勝町の女性たちの物語。
- キーワード
- 上勝町(徳島)
1970年代、高度経済成長のしわ寄せが四国徳島に押し寄せ、上勝町から若者が減少していった。傾斜地が多く農業には恵まれない土地で高齢者が作るミカンだけが頼りだった。しかしそのミカンを寒波が襲い木は壊滅。被害総額は25億円以上にのぼった。畑を失った男たちは朝から酒を飲みこの町には何もないと口々に言った。そんな状況を変えたのが農協職員の横石。横石は次々と農家にアイデアを持って行き、しいたけの栽培を行ったがミカンの穴埋めはできなかった。そんな中、大阪に出張した際に料理に添えられた赤いモミジを持ち帰る女性の姿を目にし、葉っぱを売るアイデアを思いついた。
横石はさっそく農家たちを集め料理に添えるつまものとして葉っぱを売ることを発表した。しかし農家たちは激しく反発。諦めきれない横石は農家を一軒一軒説得して周り、農家の妻高尾が話しを聞き近所の女性たちを集め葉っぱビジネスが始まった。ところが付いた値段は1パックわずか10円以下。しかし女性たちは例え月に数千円でも自分で稼いだという事実が嬉しかった。横石は女性を主役にしたこのビジネスを絶対に成功させると決意し、ブランド名は「彩」に決まった。葉っぱで新たな産業を創る前代未聞の挑戦が始まった。
葉っぱビジネスを行う高尾晴子は、最初始めた時は近所の人にゴミになるか小判になるかどちらかだと言われたなとと話した。また志波純子は自分で稼いだお金だということでとても嬉しかったなどと話した。
葉っぱの出荷が始まり1年が過ぎたが売上は伸びず、1か月丸々働いても1人2万円が限界だった。針木は金にならないのに家を空けると義理の父から冷たい目で見られた。横石はどうすればビジネスを軌道に乗せられるか悩んでいた。その時日本料理会の重鎮・小山裕久が葉っぱを見て、商品として成立するように選別を行うよう指摘。横石は実際に全国の料亭を周り、どのような葉っぱが料理の添え物として使われているか調べた。そしてマニュアル化し女性たちに伝えた。
さらに日本料理では季節を先取りした葉っぱが求められると聞いた女性たちはミカン畑の跡地にビニールハウスを設置し、促成栽培に乗り出した。すると10円以下だった葉っぱが値が上がり、3年で年商は2千万円に増えた。こうして葉っぱビジネスに関わる女性は100人を超え、女性たちは秘めていた力を爆発させ、料亭で使う細工を自ら考えオリジナルの作品を生み出しはじめた。
毎年秋、横石は女性たちを京都の高級料亭に連れ出し、自分たちが送り出した葉っぱがどう使われているか見てもらった。すると女性たちは化粧をしオシャレになっていき、表情は自信に満ち輝きを増していった。葉っぱビジネスが始まって10年。全国の高級料亭から信頼を勝ち取り注文は増加。年商は1億5千万円を突破した。しかしその矢先、注文の伝達方法が原因で現場は混乱。生産者はFAXを見て自分が出荷できる商品を電話で伝える仕組みだったが、一斉に電話をかけるため回線はパンク。取引先からも注文ミスのクレームが相次ぎ葉っぱビジネスは存続の危機に立たされた。
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葉っぱがどんどん売れるようになったことについて高尾晴子は嬉しいような気持ちが走るような感じだった。売れる時はFAXが1m以上になったなどと話した。また横石知二が民間企業に引き抜かれそうになった時は皆で嘆願書を渡したという。
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頻発する注文ミスをいかに減らすか。横石は農家の家に1台ずつパソコンを配備し農協とネットワークでつないだ。しかし当時はパソコンが一般家庭に普及したばかりでまして70代の女性には絶対無理と笑われた。横石は葉っぱビジネスで成長する女性を信じ、一軒一軒足を運びフォローし、自分の売上が全体で何位か見られるようにした。こうすることで女性達に火が付き、1年後には注文ミスが無くなり品質を競うようになった。売上は伸び年商3億円を達成した。横石が最も嬉しい瞬間は女性達が夢を叶えたと報告に来る時だった。また男たちも変わり、妻と一緒に葉っぱの仕事をするようになった。
2025年8月8日、横石知二が膵臓がんで亡くなった。ギリギリまで現場に立ち、病室から女性達へ応援のメッセージを届け続けていた。横石知二は人は誰でも主役になれると口癖のように言っていた。
横石知二について高尾晴子は、ショックが大きすぎてしばらく立ち直れなかった。いまだに生きていたらこれからどんな発想をしてくれるのか考えてしまうなどと話した。針木繁美は横石の人は誰でも主役になれるという言葉について、自分が主役かなと思っているなどと話した。
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- 横石知二
葉っぱビジネスが始まって40年。上勝の名は日本中に轟き毎年3000人の視察者が訪れるようになった。葉っぱビジネスを最初に始めた高尾晴子は町に移り住む若い世代が増えていることを喜んでいる。6月、住民たちの手で町に石碑が建てられた。「人は誰でも主役になれる」。この言葉は今、町の合言葉になった。
エンディング映像。
新プロジェクトXの次回予告。
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