- 出演者
- 佐藤二朗 片山千恵子 河合敦
今回、細川ガラシャを特集。
- キーワード
- 細川ガラシャ
オープニング映像。
1698年、ウィーンで細川ガラシャを称えた音楽劇が上演された。カトリックの修道会であるイエズス会が制作したとされ、細川ガラシャのキリスト教に対する不変の信仰心を賛嘆する内容となっている。神聖ローマ帝国の皇帝だったレオポルド一世と皇妃のエレオノーレ、子どもたちが鑑賞したという。
レオポルド1世の息女、マリア・エリーザベトはネーデルラント総督を務めた。インフラ整備、身分を問わずに教育を推進したといい、市民に敬愛された。
本能寺の変で、織田信長は明智光秀によって打倒された。光秀は羽柴秀吉との戦いの末、落命。謀反人の娘となったガラシャに対し、細川忠興は丹後の山中に幽閉を決めたと、太閤記に記されている。幽閉を解かれた後も軟禁状態だったという。田端泰子名誉教授は犯罪人はおろか、その親族も罪に問われる「縁坐」について説明した。その後、ガラシャはキリスト教を信仰するようになった。謀反人の娘という過酷な運命から逃れるのではなく、それを背負って生き抜くことは救済の道に繋がると考えたのだという。関ヶ原の戦いの前、西軍は大阪にいた諸大名の妻を人質にとろうとした。忠興は東軍につき、ガラシャは西軍の人質になることを拒んだ。
細川ガラシャの行動は人質政策に影響を与えたといい、屋敷から逃げなければ人質としてみなす妥協点ができたという。妻の死を知った細川忠興は「石田三成を許さない」と関ヶ原の戦いで奮戦し、石高を伸ばした。一方、ガラシャが信仰したキリスト教は弾圧の憂き目に遭う。
長崎の日本二十六聖人記念館には聖母マリアに見立てた観音菩薩像などが展示されている。また、禁教令のなか、キリスト教に関する書物を持っていると信仰者とみなされかねず、オラショ(お祈り)の言葉は口伝だったという。岡崎アナは20秒分の文言を見ることなく、耳だけで記憶することに挑んだ。先祖が潜伏キリシタンだったという松川隆治氏は長崎市にある枯松神社へ案内。百姓たちのなかに潜伏キリシタンがいて、山中の岩場でオラショの練習をしていたという。1657年、大村藩は400人以上の潜伏キリシタンを斬首した。江戸時代、天然痘の流行で五島列島でも流行し、深刻な人手不足に陥った。大村藩の潜伏キリシタンたちは五島へと移住し、山を削り、石垣を積み上げて田畑を耕した。
明治時代となっても、大規模な弾圧が起きた。長崎で起きた浦上教徒弾圧事件では約3400人が検挙され、全国の藩に流刑となった。津和野藩では改宗を試みるもうまくいかず、信徒に拷問を加えたという。久賀島では拷問により、42人の潜伏キリシタンが落命した。すると、西洋諸国から非難が相次ぎ、1873年、明治政府はキリスト教の禁制を解く。
久賀島の旧五輪教会堂は禁教令が解除されて8年後に建てられた。キリスト教の信仰者だけでなく、島の仏教徒も建立に参加したという。
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- 旧五輪教会堂
「歴史探偵」の次回予告。
