- 出演者
- 佐藤二朗 片山千恵子
オープニング映像。
国宝五城の魅力に迫る。「城」というのは「城壁」「堀」「天守」を含む全体を指す。「天守」は城の中心にある高層建築のこと。国宝五城は「天守」が国宝になっている。該当するのは松江城、犬山城、姫路城、松本城、彦根城の5つ。今回はその中から番組で取り上げてこなかった松江城、犬山城、松本城について掘り下げていく。
国宝・犬山城は愛知県犬山市の木曽川沿いの崖の上に建っている。高さは約19m。一重目の上に大きな屋根の二重目が乗り、さらにその上に望楼がある形式。この形が初期の天守の形をよく伝えているとされ、1952年に国宝へ指定された。4階の最上階からは犬山市が一望できる絶景が広がっている。犬山城は国宝天守の中で実際に外に出て絶景を楽しめる唯一の場所。長らく創建時代が不明だったが名古屋工業大学の麓名誉教授が城の木柱の年輪を徹底調査した結果、1585年に創建されたことがわかった。それにより犬山城の天守が現存天守の中で最古であると判明し、さらに城の価値を高めることとなった。また、犬山城の築城は織田信長の安土城が炎上したわずか3年後に始まったことも発覚。以前から似ているとされていた両城が単なる偶然で似通ったわけではなく犬山城が安土城を手本にして建てられたからだと考えることができる。
犬山城の創建年代を特定した麓教授がスタジオに登場。城の創建年代がわかると天守がなぜ建てられたのかその目的までわかるという。天守は大名の力の大きさに比例して造られるもので、最たる例が徳川家康の名古屋城。豊臣家の終焉と徳川の時代の始まりが一目瞭然でわかる巨大な造りとなっている。名古屋城を最後に、大坂の陣以降に建てられた城は天守が小さく、城主によって守られた城下町の繁栄のシンボルとして控えめな造りになっていった。
大きな堀に囲まれた漆黒の城・松本城。天守の高さは25m。中は6階建てになっている。松本城の天守は複数の建物が連なっており、現存する唯一の「連結複合式」。5つの建物が織りなす絶妙な均衡美が高く評価され1952年に国宝へ指定された。大天守や小天守には狭間と呼ばれる小窓などが126あり、そこから鉄砲で敵を撃っていたと思われることから戦闘に特化した城だと判断できるという。しかし隣接する月見櫓には狭間は一切なし。年輪年代法を用いて城の木材を調査したところ、大天守が造られたのは1596年だったのに対し月見櫓が造られたのは1626年であることが発覚した。月見櫓は戦のない平和な時代になってから月見を楽しむために造られた場所。松本城は戦闘的な部分と平和な部分が見事に融合した絶妙な調和が美しい城になっている。松本城の外観は漆黒の漆で塗られており、漆の城は現存では他に存在しない。漆は水に強いだけでなく城攻めで火矢が使われたなどにも効果を発揮。漆には着火時間を少し遅らせる効果があり、火にも水にも強い素材で城を守るための塗装だったと考えられる。
国宝五城の建てられた時期に注目。彦根城、姫路城、松江城は関ヶ原の戦いと大坂の陣の間に築城された。徳川家康が関ヶ原で勝利した時は大坂城にまだ豊臣秀頼が健在だったことから家康は徳川側の大名に次々と城を造らせた。いわゆる「慶長の築城ラッシュ」の際に建てられた城だったことがわかっている。
島根県松江市の小高い丘の上に建つ松江城。天守の高さは22m。中は5階建てになっている。松江城の天守ではある儀式が行われていたと考えられており、残っている資料などから参勤交代で江戸から松江に戻ってきた藩主が留守を守った家老に対して贈り物を渡していたのではないかと考えられている。松江城では独特の建築様式が採用。二本の通し柱を1階から4階まで交互に配置している。松江城は慶長の築城ラッシュの際に建てられた城で、当時は城を支える心柱になり得る長い木材が不足していたため、通柱を交互に組み工夫したと考察できる。
麓教授は「江戸時代初期には全国に(天守が)数百あったと言われているんですが、徳川幕府は豊臣家を滅亡させた後ですぐ一国一城令を出してそれが約半分くらいに減ってしまった。その後明治維新を迎えて直後に廃城令が出されまして多くの天守が壊された。さらに太平洋戦争中には空襲によって名古屋城、広島城、岡山城、和歌山城、これらのそうそうたる天守が焼失・倒壊していった。現在は12天守が残った。そういう荒波をくぐり抜けて守られてきた非常に貴重な文化財と言えます」と語った。
「歴史探偵」の次回予告。
