- 出演者
- 佐藤二朗 片山千恵子 河合敦 山口馬木也
今回、織田信長の親衛隊を特集。さらに、「豊臣兄弟!」で柴田勝家を演じる山口馬木也が登場。
- キーワード
- 織田信長
オープニング映像。
信長公記によると、若き日の織田信長は荒々しく結い上げたヘアスタイルで、茶せん髷と表現されている。歴史研究家の水野誠志朗氏は「信長自身が広告塔として街中を歩き回ることでみんなが注目する。自身をプロデュースする力を持っていた」と話す。個性的な仲間を呼び寄せる効果があったという。その1人、前田利家は槍の又左と呼ばれ、長さ約6.3mの槍を振るっていた。千田嘉博氏によると、古参家臣たちは信長と対立し、緊張関係にあった。土豪の佐々一族は信長の謀殺を企図していたという。だが、信長は佐々成政を親衛隊に加える。佐々は長篠の戦いで鉄砲隊を指揮した。前田利家は前田家の4男、佐々成政は佐々家の3男。本来なら、家督を継げる立場にはない。小和田哲男名誉教授は「信長は武士として引き立てることで、恩に報いて尽くしてくれるだろうと思っていた」と推測する。
佐々成政、前田利家は与力大名として柴田勝家のもとで戦うことになる。利家は信長のお気に入りの家臣をたたき斬ってしまい、信長は処刑を考えるも、静止したのが柴田勝家だった。信長の親衛隊のなかで、選りすぐりのメンバーは母衣衆に。赤母衣衆筆頭は前田利家、黒母衣衆筆頭は佐々成政。戦場の伝令役として、目立つ必要があったという。
柴田勝家は信長の弟に仕えていた。1570年、六角氏の軍勢に攻められて籠城戦を強いられると、勝家は出陣を決意。水の入った瓶を叩き割ることで、敵軍を撃破するほかなく、見事打ち破って見せた。戦国時代、津島は尾張と伊勢を結ぶ拠点で、多くの富が集まっていた。津島衆に支えられていた信長は強大な財力を鉄砲の購入、親衛隊の資金に充てた。1556年、信長は弟、柴田勝家の軍勢と激突し、勝家を重臣に抜擢。
河合敦氏は織田信長をベンチャー企業の社長に例え、能力で人を判断していたという。能力がないと判断されれば、追放も言い渡した。佐久間信盛は約30年、信長に仕えたが、信長は至らない点が19項目あると書状を送りつけ、追放している。
信長公記によると、桶狭間の戦いの前、織田信長は敦盛の舞を披露した。医学博士である藤原氏の監修のもと、能楽師の安田登氏に敦盛の舞を踊って貰った。言語、論理的思考を司る左脳が活発化し、作戦の立案、冷静に指示を出す能力が上がっているといえる。藤枝氏は「心理状態をベストに持っていこうとしていたのでは」と話す。また、織田家に追放されていた前田利家だったが桶狭間の戦いに無断で参戦し、手柄を上げている。雨天により織田軍勢の足音はかき消され、今川軍本陣を急襲できた。桶狭間の戦いから22年後、信長は本能寺の変で倒れ、100名以上の親衛隊が命を散らした。京都の阿弥陀寺には親衛隊の墓がある。
河井氏によると、本能寺に泊まっていなかった親衛隊メンバーですら、本能寺に駆けつけ、討ち死にしたという。柴田勝家を演じる山口馬木也は「学んだこと、感じたことをこれから先、いこうかなと言いたいんですが、けっこう半ばまで撮ってしまっています」と語った。
「歴史探偵」の次回予告。
