- 出演者
- 佐藤二朗 片山千恵子 河合敦
今回、庄内藩の強さの秘密に迫る。
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- 戊辰戦争
オープニング映像。
鶴岡市の博物館には幕末に西洋から導入された「スナイドル銃」が展示されている。東北の多くの藩が旧式の武器で新政府軍に対峙したなか、庄内藩は最新鋭の武器で臨んだ。最新の「ミニエー銃」だと、銃身に螺旋状の溝が掘られている。弾は回転しながら発射され、ジャイロ効果によって弾道が安定する。射撃精度、威力、飛距離は旧式の「ゲベール銃」を圧倒する。山形・酒田市で活躍した本間家は全国屈指の豪商で、庄内藩を支えていた。武器の購入費も捻出していたといい、現在の価格にして45億円にのぼる。藩からの優遇措置、武士としての格式を与えられるなど、見返りがあった。
幕末、庄内藩は江戸の治安を守る仕事を幕府から任されていた。中心的な役割を担った松平造酒助は西洋銃の導入を藩の首脳部に訴え、成功している。また、酒井玄蕃は新政府軍から「鬼玄蕃」と呼ばれ、恐れられた。
河合敦氏は「庄内藩の教育はユニーク。人には得手不得手があり、個性を伸ばすようにしている」と説明。
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- 徂徠学
庄内藩の藩士たちは釣りに熱心で、強靭かつしなりがある庄内竿でクロダイを狙っていた。今回、クロダイ釣り歴50年、釣り番組や大会で活躍する山本太郎氏に協力を仰いだ。藩士たちの釣りスポット、加茂海岸にて、釣りをスタート。足場が悪く、腰に力を入れないと竿を構えることはできず、忍耐力も要求される。海に落下して死んでしまった藩士は家禄を減らされたりもしたという。1868年、庄内軍は藩の玄関口にあたる清川口で守りを固めていた。新政府軍が高台に陣取ると、領民がいち早く、庄内軍に報告。さらに太鼓を打ち鳴らし、足音を踏み鳴らすことで大軍がやってきたかのように新政府軍に思わせた。庄内軍は盛り返し、撃退に成功。
庄内藩の藩士たちは城下から海岸まで片道7~8kmを重い道具を背負って歩いた。足腰が鍛えられたのは間違いない。また、戊辰戦争で庄内藩の戦力は4500人で、2000人を農民、町民が占めていた。
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庄内藩では御手伝普請、参勤交代などで借金を抱え、領民には重い税負担が課された。豪商の本間光丘は借金の借り換えを打ち出す。高金利の借金を建て替えて返済し、低金利で藩や藩士に金を貸した。藩の財政は改善。また、家臣の白井矢太夫は領民の借金を帳消しにし、藩と領民の関係は変化していく。1840年、幕府は庄内藩、長岡藩、川越藩の領地の入れ替えを命じる。庄内の領民たちは異を唱え、幕府の老中たちに訴状を出した。デモ活動に掲げた旗には「百姓であっても、酒井家以外の殿様には仕えない」と記されていた。1841年、幕府は領地替えを中止した。
戊辰戦争で庄内藩は連戦連勝だったが、米沢藩、仙台藩、会津藩が降伏。庄内藩も降伏を余儀なくされた。佐藤二朗は「庄内藩には最新鋭の武器、優秀な指揮官もいたが、藩と領民たちとの間に強い信頼があった。人と人の繋がりは侮れない」と語った。
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「歴史探偵」の次回予告。
