- 出演者
- 佐藤二朗 片山千恵子 河合敦
オープニング映像。
日本において、4世紀に力を伸ばして国をまとめていったのがヤマト政権とされる。今、最新科学で4世紀を解明しようとしているという。カギを握るのが「七支刀」、「蛇行剣」。前者は百済から日本列島にもたらされたという。
奈良・天理市の石上神宮は古事記、日本書紀に記述があり、ヤマト王権の宝物が数多く収蔵されていた。「七支刀」もその1つで、最新装置で調査が行われた。鉄とサビを判別したところ、サビに覆われた「禾」が判読できた。七支刀は泰和四年、369年に百済で作られた可能性がある。当時、朝鮮半島では高句麗が勢力を伸ばしていて、歴史書には「2万の軍勢で百済に侵攻した」と記されている。百済はヤマト政権に着目し、同盟の証として七支刀が造られたという。百済のあった地域では大量の鉄が見つかっていて、刀鍛冶のウンチョル氏は2010年、七支刀の復元に挑んだ。百済が培っていた技術はトップクラスといえるという。
河合敦氏は七支刀に刻まれた文字に着目し、「何世代も先の日本人に百済の力、価値を示すということを見越して作った可能性があります」と語った。次に注目するのは「蛇行剣」。七支刀とほぼ同じ時期に日本国内で造られたという。
村瀬陸氏が富雄丸山古墳で発見した蛇行剣は元興寺文化財研究所に保管されている。同研究所のメンバーで、古代武器を研究する塚本敏夫氏らは蛇行剣の再現に挑戦。金属加工の職人である中村栄順氏だが、これほどの長さの剣をつくるのは初めてだった。扱いにくく、戦いには不向き。村瀬氏は「古墳に蛇行剣を立てると、太陽光を反射して周囲に光が届く」と話す。ヤマト政権が絶対的な威光を見せつけるための舞台装置だったといえる。また、ヤマト政権は山を越えるように勢力を拡大していき、海へと進出。朝鮮半島との外交に力を注いだ。外交使節を迎える際、蛇行剣を見せることで国力をアピールしたのかもしれない。
韓国の慶州にある博物館には百済の隣、新羅で使われていた金冠が所蔵されている。デザインの一部は七支刀を思わせる。モチーフは大木で、館長のユン・サンドク氏は「昔の人々は大木に神が宿ると考えていた」と話す。もしくは、中国から伝わった竜への信仰が七支刀の形に反映したのかもしれない。さらに、今、蛇行剣のモチーフは七支刀なのではないかという説が唱えられている。百済からは鉄の技術の他、仏教、儒教、暦といった文化が伝来した。
河井氏は「七支刀、蛇行剣は同時代につくられ、どちらも奈良県にあってヤマト王権にゆかりがある」と話す。富雄丸山古墳では蛇行剣が出土したが、その後も発見が相次いでいる。河井氏は「4世紀の空白が産まれば、邪馬台国の卑弥呼がその後の日本史とどう繋がるかも見えてくるはず」と語った。
「歴史探偵」の次回予告。
