本能寺の変で、織田信長は明智光秀によって打倒された。光秀は羽柴秀吉との戦いの末、落命。謀反人の娘となったガラシャに対し、細川忠興は丹後の山中に幽閉を決めたと、太閤記に記されている。幽閉を解かれた後も軟禁状態だったという。田端泰子名誉教授は犯罪人はおろか、その親族も罪に問われる「縁坐」について説明した。その後、ガラシャはキリスト教を信仰するようになった。謀反人の娘という過酷な運命から逃れるのではなく、それを背負って生き抜くことは救済の道に繋がると考えたのだという。関ヶ原の戦いの前、西軍は大阪にいた諸大名の妻を人質にとろうとした。忠興は東軍につき、ガラシャは西軍の人質になることを拒んだ。
