- 出演者
- 佐藤二朗 片山千恵子 松廣香織 河合敦
オープニング映像とタイトルが流れた。
奈良・箸墓古墳は卑弥呼の墓だと考える研究者が非常に多く、古墳周辺は纏向遺跡と呼ばれている。纏向遺跡から、犬の骨が見つかった。発見された骨を手がかりに3Dプリンタで全身の骨を作成し、骨格模型を組み立て、粘土で筋肉組織をつくり、古代の犬を蘇らせた。前の時代の犬と比べて、足が長いことが判明した。専門家は、大陸から新しいタイプの犬が入ってきたのではないかと推測している。王宮の中で卑弥呼と共に生活をしていた。発見された犬の骨は、死後、埋められることなく放置されていた。犬は災いを払う特別な力があると考えられており、王の宮殿を守っていたのではないかと専門家は考える。
卑弥呼の時代は、大陸からいろんな文化や技術が入ってきた時代で、犬も日本に連れてこられた。宮殿を守るための生贄として捧げられていた可能性もあるという。空海は、山の中で出会った犬たちに導かれて、真言宗の聖地となる高野山にたどり着いたと言われている。平安時代の中頃になると、人と犬はさらに近しい関係になっていく。藤原道長は愛犬と一緒にお参りしていたという話が残っている。
いまから約200年前、福島から伊勢神宮まで700kmを一匹で旅したと伝わる犬がいる。名前はシロ。2か月かけて旅した。伊勢参りは当時の人々にとって大きな憧れだった。ある程度余裕がなければ旅はできないため、村の中で代表者が伊勢参りに行く、代参という動きがあった。犬に行かせる選択肢が取られたのではないかと考えられる。
江戸時代になると、街道が整備されて、いろいろな人が歩いていた。山形の三川町史資料集には、伊勢参りをする犬を町から町へと人々がリレー方式で送り届けたことが書かれている。犬の首には銅銭がぶら下がっており、旅費や食事代などに使用されたとされる。実際に犬がお参りしたことを記した資料も残っている。
山形から伊勢にお参りした犬の記録によると、旅に出る前の所持金はおよそ三万五千円だったが、帰ってきたときおよそ四万円と増えていた。伊勢参りは沿道の人たちが炊き出しなど施してあげる習慣があり、一生懸命にお伊勢参りをする犬を見て応援したいとお金をあげたのではないかと考えられる。
日本を代表する柴犬は、昭和11年に国の天然記念物に指定された。明治維新後、絶滅の危機に直面した。
明治維新になると洋犬も大きな注目を集めた。新聞には洋犬を販売するための沢山の広告が出され、一大ブームが巻き起こる。古くから日本にいた犬は急速に姿を消していった。元々、日本では犬を放し飼いにしてきた。明治政府は公衆衛生の改善として、狂犬病対策に取り組んでいた。放し飼いにされていた犬は次々と処分された。そして、洋犬の間で交雑が進み、日本種の犬はほとんど絶滅。昭和3年に日本古来の犬を守るため、日本犬保存会が発足。会員の中村鶴吉は柴犬を守ろうと立ち上がった。故郷の島根で柴犬を見つけて血統登録、子孫を増やそうとした。
