- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香
横山大観作・3点を鑑定。本人評価額は500万円。結果は1000万円。3点とも横山大観の作品に間違いないとのこと。天袋は明治40年前後のもの、屏風は明治44年の作だという。
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- 横山大観
レジェンドアスリートのお宝鑑定大会。高橋尚子のお宝は長嶋茂雄のサイン入りグランドコートで評価額は30万円。糸井嘉男のお宝は岸駒と岸岱の龍虎図で評価額は2万円。
女子ゴルフ人気の火付け役となった横峯さくらのお宝を鑑定。横峯さくらは小学2年の時、ゴルフを始めた。2年後には全国小学生大会で優勝。当時の練習場所は家族総出で山を切り開いて作った230ヤードのコース。18歳の時、アマチュアながら、再春館 レディースで準優勝。その年にプロテストに合格。翌年にはライフカードレディスで優勝した。2009年には6度を優勝を果たし賞金女王となった。結婚・出産を経た39歳のいま尚現役。
横峯さくらのお宝は、草間彌生作の「ばら」。2年前に訪れた画廊で1500万円で購入したという。息子は名前に「桃」の字が入っていて、自身は「さくら」と、桃も桜もバラ科であることから、運命を感じたという。本人評価額は1500万円。鑑定結果は、1700万円。製作されたのは1979年。水性ペンで描かれた作品だという。バラの花弁の輪郭などの陰影をあえてぼかしにじませることで、水彩画のような視覚効果を意識して描かれている。この10年くらいで世界的に評価を受け、価格も年々上がってきているという。
バスケットボール・高田真希は、小学5年生のときにバスケットボールを始めたが、夢中だったのは空手で、中学3年生でやめるまで試合に出れば勝つという無双状態だった。バスケットボールでは、桜花学園高校からスカウトを受け入学。空手で培った体幹の強さから高校ナンバーワンセンターと呼ばれ、全国大会三冠を達成した。卒業後、実業団チーム「デンソーアイリス」に入団。新人王を獲得し、翌年、日本代表に選出された。2021年の東京オリンピックでは、センターとしてゴール下の攻守はもちろん、3ポイントシュートでも高い成功率をおさめ、チーム最多得点の活躍を見せ、銀メダルを獲得。日本バスケット初のオリンピックメダルとなった。Wリーグでの通算得点は8000点を超え、現在も記録を更新中。高田真希は、センターでもスリーポイントを打てないと日本代表には選ばれないし、世界に勝てないから、めちゃくちゃ練習したなどとし、東京オリンピックでは、無観客だったため変に緊張せずにいけたところもあるなどと話した。
高田真希さんのお宝は「栗山監督のサイン入りWBC公式球」。侍JAPANが世界一となった2023年の年末、栗山監督と対談した際に記念にと手渡されたもので日付は対談の日付でなくWBC決勝の日付を入れてくれたということ。ボールをもらってから皇后杯があり思い出して撮影した写真を待ち受けにすると大活躍して優勝、プロ16年目にして初優勝タイトルだった。本人評価額は8万9000円だったが10万円だった。栗山監督がサインを書いたWBCを公式球はあまり出回ってないということ。
サッカー界のレジェンド井原正巳さんが登場。小学3年からフォワードでサッカーを始め筑波大学入学後にディフェンダーに転向、頭角を現し大学2年で日本代表に選出された。卒業後は日産自動車サッカー部に入団、1993年Jリーグ発足するとオールスターサッカーにファン投票最多得票で出場した。日本代表としても活躍、高さと粘り強い守備からアジアの壁と称された。1993年アメリカW杯アジア最終予選でロスタイムで初出場を逃したドーハの悲劇があり、1997年フランスW杯アジア最終予選ではキャプテンとして奮闘したが苦戦、岡田武史新監督が就任し動揺の中招集しビールを飲みながら本音で語り合い結束をはり、アジア第3代表決定戦では岡野雅行が決勝ゴールでW杯初出場を決めた。1998年フランスW杯では3試合先発フル出場、12年間日本代表に選出され国際Aマッチ122試合に出場、歴代4位ということ。
サッカー界のレジェンド井原正巳のお宝は「フランスW杯実使用ユニフォーム」「フランスW杯実使用スパイク」「フランスW杯最終予選実使用キャプテンマーク」。スパイクは自前でNIKE製、キャプテンマークはFIFAから支給され試合後回収されたため残っているのは最終予選のものだけということ。本人評価額は30万円だった。
依頼品は「井原正巳がフランスW杯で着用したユニフォーム・スパイクと予選で付けたキャプテンマーク」。鑑定額は430万円。
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- 1998 FIFAワールドカップ
依頼人は千葉県銚子市にある圓福寺の第46世住職・平幡照正さん。平幡さんは9年前に番組に出演し、「嵯峨本の徒然草」を出品した。鑑定額は1500万円だった。今回は中国の古書を出品。
今回、平幡照正さんの依頼品は「中国宋時代の版本”韓昌黎集”9冊」。
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- 韓昌黎集
印刷技術が急速に高まった宋時代。古より手書きで伝わった優れた詩や論説文が木版印刷され出版された。韓昌黎集もその1つで、唐時代の文人が紡いだ詩文集だが、現代人にも深く共感を呼ぶ生きるヒントや教訓が記されている。著者は韓愈。政治家にして思想家で唯一無二の天才文学者。768年河南省南陽の生まれだが、自ら河北省昌黎県出身と称したため、昌黎とも呼ばれた。幼い頃から独学で詩文を学び、出世を見て都に向かい苦学の末官吏の職についた。もとより実直な人柄で、道にそぐわぬと思えば皇帝でも構わず糾弾し左遷されることもあったが、ついには文官の人事などを担当する吏部侍郎にまだ至った。一番の功績は文学において金言真理を説いたもの。韓愈は文体の改革にも挑み、当時主流だったのは駢文。やがて共鳴した多くの門弟たちが集い、以後20世紀初頭の文学革命に至るまで受け継がれた。依頼品は韓愈が綴った韓昌黎集が全四十巻と遺文一巻が9冊に閉じられている。
中国 宋時代の版本「韓昌黎集」9冊の本人評価額は1億円で、結果は本物かつ状態も良いということで3億円だった。宋版本の字は全て掘り出したもので、宋朝体の元になったものだとされている。
開運!なんでも鑑定団の次回予告。
