- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香 高野正成(きしたかの) 岸大将(きしたかの)
オープニング映像。
オープニングトーク。今田は「スナックで80代ぐらいのおばあちゃんがモーニング娘。のザ☆ピ~ス!歌っていた。歌い終わった後にあ~、なんでも鑑定団と言われた。」などとコメント。
本日のゲストはきしたかの。ボケの岸とツッコミの高野は東京・深川の出身で中学の同級生。大学時代に競泳の選手だった岸が引退して、お笑い芸人を目指すことを地元の友人に宣言。高野が共感して一緒にお笑い養成所に通うようになった、。2012年に正式にコンビを結成。脚光を浴びることはなかったが、2022年にYouTubeチャンネルをリニューアルした際にドッキリ企画が大バズリした。
依頼品は高野が持参した「大正・昭和時代の紙幣10点」。居酒屋を経営していた父がコレクションしていたものだという。紙幣の合計は128円60銭。本品評価額は30万円で、評価額は1000円だった。希少性が無く、保存性が悪く人気も無いという。1円札は算用数字の部分が漢数字になると未使用で7万円だという。
今回は千葉・長柄町にあるロングウッドステーションから名車を鑑定する。
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- ロングウッドステーション長柄町(千葉)
一人目の依頼人は岩城滉一。依頼品は「カワサキ Z1(900SUPER4)」。Z1は1972年に発売された輸出用バイクで、排気量は900cc。当時市販車として催促の時速200kmを誇った。20代の頃から何台ものZ1を乗り継ぎ、これは20年前に手に入れたもの。LEDのヘッドライトなどを現代のものに改造しており、排気量は1135ccとなっている。本人評価額は510万円で、評価額は2000万円。岩城滉一は映画出演などで日本の「カワサキ Z」を押し上げた方であり、その方が保有しているZ1なためこの評価額となった。2000万円でもすぐ買い手がつくという。
2人目は浜松の洋菓子店オーナーであるフランス出身のエベルレ・ベルナール氏。依頼品は1962年製の「メッサーシュミット KR200」。メッシャーシュミットはドイツの航空機メーカーで、コックピットのような屋根やハンドルが特徴。元々この車に憧れていて、5年前に450万円で売りに出されているのを見て即決で購入。総走行距離はまだ7000kmほどで、本人評価額は500万円。
「メッサーシュミット KR200」の評価額は600万円。世界的に値段が高騰している一方、イギリスにファンクラブがあり、パーツが全て揃うため状態の良い車が多いという。
お宝は、日産・スカイライン2000GT-X。スカイラインの3代目モデルで、通称はハコスカ。15年前、業者オークションに参加し、200万円ほどで落札したという。300万円ほどをかけてカスタム。ボンネットはカーボン製にして軽量化し、シートはすべて交換した。エンブレムは、GT-Xから最上級モデルのGT-Rに取り替えた。岩城は試乗し、古い車ならではの味があるなどと話した。本人評価額は1000万円。鑑定結果は、1300万円だった。
依頼人は、岡山市の村岡さん。ザ・ビートルズのファンで、グッズをコレクションしている。お宝は、ビートルズのマネージャーのブライアン・エプスタインがジョン・レノンに宛てた手紙。28年前、専門店で11万円で購入したという。1961年11月9日、ブライアン・エプスタインはライブハウスで、ビートルズの演奏を聴いた。彼らの音楽に打たれたというエプスタインは、経験がないにもかかわらず、マネジメントを申し出た。ビートルズはマネージメント契約を快諾。エプスタインは、メンバーの服装や髪型を変え、不良少年から洒落た青年にイメージチェンジ。レコード店の販売責任者だったエプスタインは、ビートルズと契約を結ばなければ、自分のレコード店との取引を中止すると、レコード会社に売り込んだ。なんとか契約にこぎつけるも、ジョン・レノンやポール・マッカートニーの不満を受け、エプスタインは、ドラムのピート・ベストを解雇し、リンゴ・スターをドラマーとして迎えた。1962年10月5日に、デビューシングル「ラヴ・ミー・ドゥー」を発売。売上チャートでは17位だった。ファーストアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」では1位を獲得。セカンドアルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」もヒットし、イギリスのアルバムチャート1位をほぼ1年間独占した。64年、「抱きしめたい」が発売後2週間で100万枚を売り上げ、全米1位を獲得。エプスタインは、ビートルズをアメリカに連れて行き、人気バラエティ番組「エド・サリヴァン・ショー」に出演させた。カーネギーホールで公演を行うなどした。アジア公演も成功させ、ビートルズを世界で最も有名なバンドにした。エプスタインは、1967年、32歳で亡くなった。薬物の過剰摂取が原因だった。ビートルズは、1966年のアメリカ公演を最後に、楽曲作りに専念していた。エプスタインの死後、ビートルズは解散した。依頼品の手紙は、エプスタインがジョン・レノンに対し、小切手を送るのが遅くなったことを謝罪する内容で、1966年5月のもの。最後となったアメリカツアーの3か月前だった。
依頼品はブライアン・レプスタインがジョン・レノンに宛てた手紙。本人評価額は50万円で結果は25万円。 ビートルズ研究所代表は本人が書いたものに間違いないと指摘。ただ、最初の“Dear John”の部分についてジョン・レノンのことではなく、ブライアン・レプスタインのもとで働いていたコンサートスタッフであるジョン・リンドンに宛てたものだという。ただ、資料的価値を加算しこの金額になったと説明。
名車鑑定大会後半戦。お宝は1977年製のホンダ CB250T。依頼人の小池さんは5年前にネットオークションで発見し、海外からの逆輸入車だったが高校時代に乗っていたのと同じ車種だったので懐かしさのあまり300万円で購入したという。高値の理由は製造番号が「3000001 」で輸出第1号車という貴重さ。本人評価額は300万円、鑑定結果は200万円だった。
お宝は1957年製のジャガー マーク1。ジャガーといえば高級車だが、こちらはファミリー層向けに作られた小型サルーン。依頼人の石井さんが手に入れたのは10年前。175万円で購入し、オーバーホールに4年、修理代にかかったという。本人評価額は600万円、鑑定結果は300万円だった。
名古屋市の田中さんのお宝は入札オークションで落札した佐々木象堂作 駱駝の香炉。30万1000円で購入したという。佐々木象堂は明治15年佐渡の生まれ。小学校在学中から商家に奉公に出されていたという。18歳で画家を志上京するも夢叶わず帰郷。その後奉公先の計らいにより、佐渡の鋳金家・宮田藍堂に師事。6年修行をし、独立が許されると31歳の時、再び上京。名だたる鋳金家の下働きをしながら、展覧会に出品を重ねた。アールヌーボー様式を取り入れた装飾が評価され、次々受賞。鋳銅飛天置物は象堂の円熟期を代表する作品。昭和35年には功績が認められ重要無形文化財に認定されるもその翌年死去した。
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依頼品「佐々木象堂作 駱駝の香炉」を鑑定。本人評価額は「200万円」。鑑定額は「500万円」。大熊敏之は「昭和11年に開催された第1回帝国美術院展覧会に出品されたもの。中東や様々な地域の要素を取り入れた形態。」などと話した。
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- 佐々木象堂改組第1回 帝国美術院展覧会
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