- 出演者
- 古田新太 大倉忠義(SUPER EIGHT) 村上信五(SUPER EIGHT) 横山裕(SUPER EIGHT) 丸山隆平(SUPER EIGHT) 安田章大(SUPER EIGHT) 山崎弘也(アンタッチャブル) 砂原良徳 岡村靖幸 川田裕美 原口沙輔
オープニング映像。
今年5月に開催して話題となった国内最大規模の国際音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN 2025」では第1回のシンボルアーティストにYELLOW MAGIC ORCHESTRAが選ばれ、「RYDEEN」をベースに18組のアーティストがパフォーマンスを披露した。授賞式冒頭には細野晴臣がスピーチを行い、YMOには第一線のアーティストが影響を受けたと語っている。1979年8月にはYMOはThe Tubesのロサンゼルス公演にオープニングアクトとして3日間出演して話題となり、日本バンドとして始めて大規模のワールドツアーを開催した。そこで今回は改めてYMOを特集するとし、ゲストの砂原良徳らを紹介。
コンピューターを使って音楽を作る打ち込みが浸透したのはYMOの影響が大きく関わっていると伝えた。
砂原らは「ハイスクールララバイ/イモ欽トリオ」が楽曲に打ち込みを取り入れ、松田聖子の楽曲でもシンセサイザー、ドラムマシンが導入され、80年代に浸透していったなどと伝えた。
細野晴臣・大瀧詠一・松本隆・鈴木茂により結成された「はっぴいえんど」は1972年末に解散し、サディスティック・ミカ・バンドで活動していた高橋幸宏、スタジオミュージシャンを経てソロ活動していた坂本龍一を1978年2月に細野が自宅に二人を招いてYMOが結成された。YMOがデビューした70年代は大阪万博が開催し、日本に始めてビデオゲームが登場し、ソニー「ウォークマン」が発売され、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出版され、黒澤明「影武者」がカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した。YMO1stアルバムは78年に発売されたスペースインベーダーのようなゲームの音から始まっており、シンセサイザーを全面に出しダンスビートを強調していたのは当時国内ではYMOぐらいであったなどと伝えた。YMOは1979年9月に2ndアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」をリリースし、オリコンアルバム週間ランキング1位の大ヒットとなった。収録曲の「BEHIND THE MASK」は後にマイケル・ジャクソンやエリック・クラプトンらがカバーしている。YMO第4の男と呼ばれる松武秀樹はシンセサイザー・プログラマーの第一人者であり、冨田勲の弟子でもあり当時シンセサイザー・プログラミングを組むには松竹以外に頼れる人材はいなかったなどと紹介した。「MUSIC AWARDS JAPAN A Tribute to YMO - SYMBOL OF MUSIC AWARDS JAPAN 2025 -」で松竹と共演した原口は当時のシンセセットと同じセッティングで演奏でき貴重な体験だったなどと明かした。ステージ上でコンピューターを操作していた松竹は人間対機械のせめぎ合い・共存共栄というバンドコンセプトも関係あったのだと思うなどと話している。
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ボコーダーとはマイクから入力された音声の特徴を抽出・分析しロボットボイスのような機械音に加工するエフェクターであり、蔦谷好位置が2017年年間バスト1位に選出した「灰色と青(+菅田将暉)/米津玄師」でも使用されている。YMOもいち早くボコーダーを取り入れている。人間ではない機械の声で歌う手法が進化し、現代の「千本桜/黒うさ feat.初音ミク」などのボーカロイドに繋がってるなどと紹介した。
YMOが1981年11月にリリースした5thアルバム「テクノデリック」では録音した音や既存の音源を加工し新たな音色やフレーズを作る技法・サンプリングが取り入れ、世界初のサンプリングを全面的に使用したと言われている。現代のヒップホップでは既存の楽曲からある音だけを抜き出してサンプリングしたりしているなどと伝えた。YMOは4thアルバム「BGM」でTR-808というリズムボックスドラムマシンが使用し、WINTER LIVE 1981は世界で初めてTR-808が演奏されたライブとなり、その後に日本製のTR-808が広く世界で使われるようになったなどと伝えた。スタジオにて砂原が持参したTR-808とProphet-5を用いて演奏を披露し、音色などを解説した。
YMOデビューから47年、細野晴臣への音声インタビューが実現。「昨今の音楽にYMOの影響を感じる?」について細野は、特に感じておらず、自分たちにとって登場してきたばかりの機材を使って音楽制作し、誰も当時やっていなかっただけに過ぎず、決して自分たちが特に影響をしたという感想は持っていないなどと語った。「YMOが広く世界で聴かれるカギは?」について細野は、自分たちは世界中の少数派の音楽マニアに向けて発信しようと音楽制作してきたなどと明かした。「初めて・新しいものを取り入れられた理由は?」について細野は、子どもがおもちゃを見つけて遊ぶ感覚と同じで、おもちゃの扱い方をこなすまでの試行錯誤が面白く、当時は楽器を何も弾かなくても音楽ができるのが驚きでだんだんとのめり込んでいったなどと話した。若いミュージシャンたちへのメッセージとして細野は、単に商業主義だけでは音楽はできず、セールスのことは考えずに好きな音楽をやっていくことしか自分たちはやっていなく、大好きな音楽を楽しむことが大事などと伝えた。
岡村らはYMOは日本にとって大きな一つのカルチャーである巨大なバンドで社会的影響も大きく、デビューから約5年間の活動で7枚もアルバムを発表し、プレッシャーなども辛いものがあっただろうが、自分たちにとってとにかくイカしたバンドでユーモアにも溢れていたなどと伝えた。
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- イエロー・マジック・オーケストラ増殖
EIGHT-JAMの次回予告。
「仮面の忍者 赤影」の番組宣伝。
