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オープニング映像。
映画監督・山崎貴はVFXの第一人者。監督・脚本・VFXを手掛けた『ゴジラ-1.0』が世界を席巻、第96回アカデミー賞視覚効果賞をアジアで初めて受賞した。ゴジラに夢中だった小学生時代。そして、15歳で初めて映画を作り夢を描いた。世界をリードする映画監督の素顔に迫る。
2022年1月、山崎貴は久々に故郷・長野県松本市に帰ってきたが、お正月休み返上で『ゴジラ-1.0』の絵コンテに取り組んでいた。代表作『ALWAYS三丁目の夕日』では昭和の古き良き時代に生きる人々のぬくもりや絆を描いた。シリーズ2作目で少しだけ登場したのが子どもの頃にあこがれたゴジラ。『ゴジラ-1.0』は生誕70周年記念、国内30作目の実写版。2022年5月、長野・岡谷市での撮影。エキストラやスタッフと段取りを確認する山崎貴。一度に数百人をまとめる。撮影の合間は笑い声がたえない。山崎は「ぎちぎちの監督が上にいて“おりゃー”というのは昔のイメージ。うちはいろんな人のツッコミを受けながら頑張ってやっております」と話した。
山崎貴は1964年長野県松本市生まれ。小さい頃からよく本を読み、絵を描いたり物を作るのが得意だった。妹のさつきさんは小学生だった兄と父がゴジラを見に行く約束をしていたのを今でも覚えているという。山崎は小学生の時は『ゴジラ』、中学で『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』に魅了され、初めて映画を撮った。高校では迷わず映画研究部に入った。成績は下降したが目指す道はぶれなかった。校舎の窓から見える美ヶ原高原は中学の時に初めて映画を撮った原点の場所。高校卒業後は美術専門学校で学び、映像プロダクション「白組」に入社した。
山崎貴が在籍する白組 調布スタジオ。『ゴジラ-1.0』のVFXスタッフは35人。同規模のハリウッド映画ではスタッフは1000人規模で制作費も10倍以上の差がある。社屋を改修し1フロアにスタッフを集約、監督と担当スタッフが直接やり取りしている。作品で特にこだわったのはCGでの表現が難しい水の描写。若い世代に任せて声に耳を傾けるのが山崎流。システムエンジニアの早川胤男は「監督は一番下の若いスタッフにも意見を言わせる雰囲気を作ろうとしている」と話した。3DCGディレクターの高橋正紀は「すごく優しいが最終的なクオリティーの詰めの段階になるとなかなかOKが出ない」と話した。ハリウッドに比べて圧倒的に少ない制作費で世界に挑むためのいくつもの工夫がある。少人数・低予算をアイデアで乗り越えている。
山崎貴が中学生の時に初めて作った映画のフィルムが43年ぶりに見つかった。『GLORY』というタイトルの10分ほどのSF映画。当時の撮影場所を訪れた山崎貴はときの移ろいと共に変わりゆく風景とかすむ少年時代の記憶に思いを馳せた。しかし、この2日後、山崎貴からメールがあり場所が違っていたということだった。
2023年9月、『ゴジラ-1.0』が公開されていない頃、山崎貴はもうすでに次の作品に取り掛かっていた。“プロフェッショナルとは?”と聞かれた山崎貴は「プロフェッショナルと思ったことがない。学園祭の続きみたいなことをやっている」と笑った。手掛けたゴジラは世界中で大ヒット。夢にはまだ続きがあるという。
2023年秋に公開された『ゴジラ-1.0』は世界で大ヒットし第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した。山崎貴は「いかにあの中学生の頃の気持ちをずっと忘れずに、あの時作りたかったようなものにどれだけ近づくかということを続けてきた。中学生の自分にはものすごく感謝している」と話した。専門学校のとき、父は仕事のあとにパン工場でアルバイトをして授業料を工面し夢の後押しをしてくれていた。山崎貴は「親の育て方は自由に僕の好きなものをやらせてくれるというやり方。今の自分の大きな部分を形作っていると思う」と話した。2024年4月、表彰を受けるため山崎は故郷に帰ってきた。帰ったときはいつも家族そろってトランプや花札、夕方は母の料理を囲んでおしゃべりをするという。
「金曜ロードショー」の次回予告。