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「おはようジャーナル」 のテレビ露出情報

エッセイスト 海老名香葉子は昭和の爆笑王と呼ばれた落語家の初代・林家三平の妻で、夫亡き後も女将さんとして林家一門を支えた。2人の息子も落語家として活躍している。また自身の戦争体験を元にしたエッセイなどを通して平和を訴え続けた。海老名さんは昭和8年に東京で釣り竿職人の娘として生まれた。空襲が激しくなると、十歳だった海老名さんは1人だけ静岡県の親戚の家に疎開する。心の支えとなったのは両親からの便りだった。昭和20年3月10日、東京は大規模な空襲に見舞われた。両親を含めて6人の家族を失い、戦災孤児となってしまった。戦後、東京に戻った海老名さんは5年近く親戚や知人の家を転々として野宿を強いられることもあった。海老名さんを救ったのは落語家の三遊亭金馬でああり、父が作った釣り竿を愛用する馴染み客であった。昭和27年、落語家の林家三平と結婚し駆け出しを夫を内職で支えた。やがて林家三平は昭和を代表する落語家になっていき、家族でテレビに出演することも。このわずか4か月後、夫が病気で亡くなってしまう。子どもや弟子たちを抱えた海老名さんに出版社から声がかかった。「自分や家族のことを書きませんか?」という依頼であった。海老名さんは自身の子ども時代から結婚生活・夫の闘病する姿までもエッセイなどで執筆していった。「うしろの正面だあれ」では東京大空襲で家族を失った体験を書いている。東京大空襲があった3月10日、海老名さんは毎年自宅の跡や家族が亡くなった場所を歩いてきた。戦争体験を語り継ぐ活動にも力を注いでいく。多くの空襲の犠牲者が仮埋葬された上野の地に私財を投じて慰霊碑や母子像を建てた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年12月24日放送 15:10 - 16:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン蔵出しセレクション
俳優・浅香光代さんは、胸のすくような豪快な立回りで観客を沸かせた。戦後の浅草で、女性の立回りを売りにした女剣劇で一時代を築いた。浅草さんは昭和3年に東京・神田で、3人きょうだいの末っ子として誕生。父親が株で失敗し、貧しい少女時代を過ごすが、芸事が好きだった母親の影響で幼い頃から女優を目指していた。昭和17年、俳優・浅香新八郎の内弟子となって初舞台を踏んだ後、[…続きを読む]

2025年12月13日放送 5:40 - 5:50 NHK総合
NHK映像ファイル あの人に会いたいNHK映像ファイル
俳優の浅香光代さんを紹介。浅香光代さんは戦後の浅草で女剣劇で一時代を築いた。神田出身の浅香は三人兄弟の末っ子で父親が株で失敗し貧しい幼少期を送るが芸事が好きな母親の影響で幼少期から女優を目指した。昭和17年、浅香新八郎の内弟子となり初舞台を踏み終戦後、18歳で浅香光代一座を旗揚げした。座員のほとんどが素人で客呼びに頭を悩ませた。
浅香さんの人気をきっかけに[…続きを読む]

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