佐賀県の有田町は日本三大陶磁器の1つ有田焼の産地。その歴史は古く1600年代から作られている。有田焼は世界的に愛好家が多く、高値で取引されることが多い。有田町の中心部のある屋敷に誰も立ち入らない謎の部屋がある。その依頼主の方の有田焼のお店には800万円の有田焼が販売されている。お店は当時「弥左エ門窯」という名前で1804年からあり有田焼最大規模の窯元。依頼主の松本さんはその7代目。有田焼の工場には石膏の型が大量に並べられていた。種類は約3000種類。型で成形された土は2日間乾燥させ素焼きに。そして絵付けの工程。釉薬でコーティングをし、3日間釜で焼いたあと絵付け更に窯焼きして完成する。年間2億円分作品を作っている。フランスの三つ星レストランで使用されるなど世界中にファンがいる人気の窯元。松本家3代目の生涯が伝記になっている。弥左エ門窯は2代目で1度廃業している。3代目は明治21年に銀行を設立させ、さらに有田町に鉄道の駅を誘致した。当時伊万里港から出火されていた陶器が有田から鉄道で輸送されるようになった。その時に名前が伊万里焼から有田焼に名前が変わった。再び窯元になったのは昭和32年。5代目のときだった。謎の部屋がある建物は築50年で銀行を作った3代目が作ったもの。