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「エビ」 のテレビ露出情報

鮮やかな色合や動植物などをアレンジしたユニークな図柄が目を引く「アフリカン・プリント」と呼ばれる布地で作られている。アフリカ発の布地を日本に広めようと西アフリカのトーゴと染色業が盛んな京都を行き来しながらビジネスに奔走しているのが起業家の中須俊治さん。自らのビジネスをトーゴの人々の支援にもつなげたいと夢を追い続けている。沖縄県那覇市。この日、ホテルのポップアップストアで一際客の目を引いたのは色鮮やかな「アフリカン・プリント」。中須俊治さんは全国各地に足を運んで客と自ら向き合い、“行商”するという地道なやり方でファンを増やしてきた。大学時代、インターン先として“ほかの人が行かない国に行きたい”と西アフリカのトーゴを選んだ中須さん。世界最貧国の1つとされるこの国で将来起業しようと決意した。大学卒業後、一旦は地元の京都の信用金庫に就職したが、その営業で訪れた染色家の工房で鮮やかな手さばきに衝撃を受けたことが人生の転機となった。起業の準備をし、4年後に退職。2018年に染色家の協力を得て未経験のファッション事業を立ち上げた。日本の人に知ってもらいたいと考えたのがトーゴで日常的に触れていたアフリカン・プリント。さらに目指したのが京友禅や西陣織で知られる京都の伝統とトーゴの文化の融合。トーゴの子どもたちが描いた絵を京都の工房で染め、オリジナルの商品を開発した。そして売り上げの10%はデザイン料として子どもたちが暮らすトーゴの村に寄付する仕組みを作った。しかし、起業が軌道に乗り始めた矢先、悲劇が中須さんを襲った。2023年8月、トーゴに寄付金を届けに行った際に現地で交通事故に巻き込まれ、半月以上意識不明の重体になった。当初は事業をたたむことも考えたが、中須さんのアフリカン・プリントを心待ちにする常連客の励ましに背中を押された。去年11月、中須さんは再びトーゴの空港に降り立った。目的な現地の事業パートナーが生産している布地の買い付け。この工房では貧困層の女性たちを対象に職業訓練も行っている。アフリカン・プリントで日本とトーゴをつなぎ、現地の人々を支えたいという中須さんの挑戦はこれからも続く。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年7月29日放送 18:25 - 21:54 テレビ東京
ワンにゃフル海を渡ったサムライ犬 ニャぜ日本犬を飼ってるの?
イタリア・ミラノは動物に優しい街でセンピオーネ公園には無料のドッグランが4か所ある。イタリアの人気犬種は大型犬が上位を占める。調査していると柴犬や四国犬を発見。海外では日本犬に日本語の名前をつけることが多いという。イタリアで暮らす柴犬は1000匹以上、秋田犬は日本の3倍以上多い。
ロレーナさんが飼っている秋田犬の名前は感動の大喝采くんと綿毛飛ばすタンポポち[…続きを読む]

2026年7月11日放送 7:30 - 8:00 NHK総合
NHKニュース おはよう首都圏(関東甲信越)土曜中継
新潟県柏崎市の番神海水浴場から中継。きょうからこの海水浴場で「番神自然水族館」が始まる。90年前から囲いを作り、魚を入れて観察していたという。戦争などがあり途絶えたが、8年前に柏崎市が復活させたのだという。この水族館ではこれまで100種類ほど見つかったという。箱メガネで観察する。実際観察してみたところ、マダラウミウシが見つかった。イベントは8月中旬までの土日[…続きを読む]

2026年7月8日放送 13:55 - 15:50 日本テレビ
情報ライブ ミヤネ屋多額の税金 使い道SP
鹿児島・南さつま市には、高さ6m・幅7m・奥行き4mの巨大なエビのモニュメントがある。南さつま市の特産品の「タカエビ」をモチーフとしており、観光の起爆剤として建設されたという。総事業費早く2850万円で、市議会では建設前から効果が疑問視されていた。手本にしたのは石川・能登町の巨大イカの像だという。

2026年6月26日放送 20:00 - 20:54 テレビ朝日
マツコ&有吉 かりそめ天国(マツコ&有吉 かりそめ天国)
視聴者から「追われるように食べているものはありますか?」と質問。マツコ有吉は全て冷凍するという解決策を提案した。子どもの頃の定番フルーツといえば「ダンボールみかん」で手が黄色くなっている子が多かったと話した。みかんに含まれるオレンジ色の色素が多く食べることで血液中から皮膚の角質層に沈着するという。マツコは17年間ほぼ果物のみで生活するフルーツ研究家・中野瑞樹[…続きを読む]

2026年6月24日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.NNN戦後80年プロジェクト いまを、戦前にさせない
沖縄の地上戦では約30万人の民間人がアメリカ軍によって民間人収容所に隔離された。そのなかで強制的な労働に駆り出された人もいた。そこでなにが起きていたのか生存者の証言からその実態に迫る。1945年4月1日、沖縄本島に米軍が上陸。“鉄の暴風”とも言われた絶え間ない艦砲射撃。民間人を巻き込んだ凄惨な地上戦が行われ、県民の4人に1人が犠牲となった。生き残った民間人は[…続きを読む]

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