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「オリックス・ブルーウェーブ」 のテレビ露出情報

2018年にシアトルにあるイチローの自宅を訪れると、オフにもかかわらず体作りに余念がなかった。昨シーズン序盤に選手登録を外れ、そのままシーズンを終えた。去就を尋ねると「日本にはもどる場所はない」「神戸にそのままチームがあればやってたと思う」などと話した。ずっとそばにいた飼い犬の一弓は17歳、人間の年齢ではもう90歳近く。一弓の姿を見てイチローは自身についても「もう懸命に生きるしか無い」と感じるという。
かつてオリックス・ブルーウェーブの本拠地だったスタジアムでイチローは毎年自主トレを行っている。昨年10月もイチローはそのスタジアムにいた。するとかつてのチームメイト川崎宗則がサプライズで登場した。イチローは体の状態は例年よりもいいという。打撃フォームの見直しを未だに続けており、フリーバッティングは初日から240球以上に及んだ。去年打撃コーチを務めたエドガー・マルティネスは新たな打撃フォームから「重心を下げて足の力を生かしパワーを生み出す」狙いが伺えるといい「40代の衰えを乗り越えようとしている」などと話した。
1992年鈴木一朗はドラフト4位でオリックス・ブルーウェーブに入団した。仰木彬監督にその才能を見出され登録名をイチローに変え、その後チームを日本一にも導いた。そして2001年イチローは野手として日本人初となるメジャーデビューを果たす。メジャーを攻略するため日本で磨いたバッティングを大きく変えた。新人賞やMVPなどタイトルを総なめにし、毎年オールスターにも出場した。その真骨頂は相手ピッチャーの決め球を打ち崩すことに会った。マリアノ・リベラ投手からサヨナラ逆転ホームランを打った打席はメジャーの選手たちに語り継がれている。ヤンキースの打撃コーチは「ヤンキースベンチは打ちのめされた」などと話した。それでもイチローは変化をやめず理想の打撃を追求した。イチローは「最終的な形がない、というのが残酷なこと」「だから前に進もうとする」などと話した。
数々の記録を打ち立ててきたイチローの最大の天気は2012年のヤンキース移籍。しかし極度の不振に陥り、ゴールデングラブ賞、オールスター出場など全てを失った。環境を変えることで新たな可能性をつかもうとシアトルから離れたが、苦難に満ちた野球人生の第二章が始まった。ケガにも苦しむ中結果を求められる重圧に向き合い続けた。イチローは野球を続ける先に何を求めているのか、イチローはヤンキース時代カメラに「死が近づいてくるのに対して、どれだけ元気で戦っていけるか」「笑ってそれを迎えたいという思い」などと語っていた。
昨年10月の神戸での自主トレでは、一般市民が練習に参加した。プライベートで知り合いイチローの練習を手伝うようになった。多くは野球経験がないという。行きつけの店で知り合った。イチローは「前向きな人はだれでも参加できる」などと話した。ある日練習場に和歌山の高校野球の応援団がやってきた。イチローが以前この学校を訪問したことをきっかけに応援することになったという。練習後マリナーズのユニフォームを着たイチローは最後スタンドで感謝を述べた。
2月イチローは勝負の舞台となるアリゾナへと乗り込んだ。ここでのオープン戦で結果が出なければ引退を決断する覚悟を決めていた。アスレティックス戦ではヒットを放つも、2試合目以降三振が目立ち始めた。試合後室内練習場でイチローはバットを振り続け、自宅でもトレーニングを続けた。しかし結果は出ず引退の意思を家族に伝えた。イチローは「チームに悪いと思ったし当然の決断だった」などと話した。
そして迎えた東京でのラストゲームでは、ファンによるイチローコールが20分以上鳴り響いた。引退表明から4日後、番組はシアトルの自宅を再び訪ねると相変わらずトレーニングをしていた。イチローが語っていた「笑って死にたい」という言葉について尋ねると「結果的には日本のファンが叶えてくれた」「日々懸命に生きたい、それを重ねていきたい」などと話した。

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平成最初の金メダル、岩崎恭子の日本競泳史上最年少金メダルなど国民が沸いた伝説シーンを紹介。

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