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「キューポラのある街」 のテレビ露出情報

吉永小百合さんの初めての海外旅行は昭和37年に訪れたイタリア・ミラノだった。ミラノ国際映画見本市へ向かう映画配給会社の方々から女優に声がかかり、吉永さんは日活と同行した。当時はまだ長距離飛行が難しく、香港で1泊し、イランを通ってローマへ。更に列車でミラノへと向かう長旅は3日間を要したという。また昭和38年7月7日号の毎日グラフでは、パリの凱旋門を背景に表紙を飾った。特派記者としてパリに1週間滞在し、当時10代だった吉永さんは慣れない本場フランス料理をかみしめていただいたと語った。池上さんによると当時は自由に海外に行けなかった時代。日本で海外渡航が自由化されたのは昭和39年4月。ただし外貨持ち出し制限があり、500ドルまでと定められていた。続けて吉永さんは、一番印象に残っている旅先について7年ほど前に訪れたアウシュビッツと、ウィーンのオペラだと話す。池上さんは現代世界の光と影の旅のようだとコメントした。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年10月19日放送 20:56 - 22:30 テレビ朝日
有働Timesレジェンド&スター
吉永小百合さんは「国民的女優」「日本の宝」「最後のスター」と呼ばれてきた。一方、人知れず抱えていた苦悩があった。敗戦が色濃くなっていた1945年3月13日に小百合さんは東京で生まれた。程なく父親が事業に失敗し、借金取りが押しかける日々。貧困の中の小百合さんを救ったのは学芸会だった。主役として喝采をあびた小百合さんは、卒業文集に「私は将来、映画俳ゆうになりたい[…続きを読む]

2025年9月28日放送 18:30 - 20:50 テレビ東京
池上彰×吉永小百合 昭和100年(池上彰×吉永小百合 昭和100年)
昭和34年に始まった、在日朝鮮人やその家族と北朝鮮へ集団で移住させる取り組み「在日朝鮮人帰還事業」について、当時のニュースは「帰還列車に載ったら最後、面会・外出一切ご法度という帰還案内書を見て大憤慨した」と報じていた。韓国側は「同胞を北へ戻すな」と猛反対し、実態は政治的な背景が絡んでいるという。この事業では、約9万人が北朝鮮に永住帰国したという。

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