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「クイズ面白ゼミナール」 のテレビ露出情報

俳優・浅香光代さんは、胸のすくような豪快な立回りで観客を沸かせた。戦後の浅草で、女性の立回りを売りにした女剣劇で一時代を築いた。浅草さんは昭和3年に東京・神田で、3人きょうだいの末っ子として誕生。父親が株で失敗し、貧しい少女時代を過ごすが、芸事が好きだった母親の影響で幼い頃から女優を目指していた。昭和17年、俳優・浅香新八郎の内弟子となって初舞台を踏んだ後、いくつかの一座を渡り歩き、終戦後、浅香さんが18歳のときに「浅香光代一座」を旗揚げ。戦後の混乱期、食うや食わずの暮らしを地方回りでしのぐも、座員のほとんどは素人だったため、どうすれば客を呼べるか頭を悩ませ、お色気で売ったところ、連日の大入りが評判。一座は浅草に舞台を移すも、いつまでもお色気で売る訳にもいかなかったため、女剣劇を行ったところ、浅草さんの人気をきっかけに女剣劇は一大ブームとなった。昭和40年代になると女剣劇ブームは下火になり、浅香光代一座も解散。しかし浅香さんは1人、その火を守り続けた。昭和54年には、芝居や立回りを取り入れた「浅香流演劇舞踊」を創設し、ビデオなどの通信教育で3000人を超える門弟を育てた。その後も俳優として、舞台や映画、TVドラマで活躍し、バラエティ番組でも人気を集めた。80年近い俳優人生で、全てが順調だったわけではなかったが、男も時代も斬りまくった92年の生涯だった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年12月13日放送 5:40 - 5:50 NHK総合
NHK映像ファイル あの人に会いたいNHK映像ファイル
俳優の浅香光代さんを紹介。浅香光代さんは戦後の浅草で女剣劇で一時代を築いた。神田出身の浅香は三人兄弟の末っ子で父親が株で失敗し貧しい幼少期を送るが芸事が好きな母親の影響で幼少期から女優を目指した。昭和17年、浅香新八郎の内弟子となり初舞台を踏み終戦後、18歳で浅香光代一座を旗揚げした。座員のほとんどが素人で客呼びに頭を悩ませた。
浅香さんの人気をきっかけに[…続きを読む]

2025年8月24日放送 11:25 - 11:30 NHK総合
【放送百年】アナウンサーの100年(【放送百年】アナウンサーの100年)
放送100年、膨大なデータから名司会者たちの決め台詞を紹介。81年から放送されていた「クイズ面白ゼミナール」、鈴木健二は「知るは楽しみなりと申しまして、知識をたくさん持つ事は人生を楽しくしてくれる」と語りかけた。その巧みな言葉選びと語り口は、のちに「連想ゲーム」や「その時歴史が動いた」を担当した松平定知にも影響を与えた。

2025年6月5日放送 16:05 - 17:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン蔵出しセレクション
キャイ~ン・天野ひろゆきがもう一度見たいのは、1980年代に大人気だった「クイズ面白ゼミナール」。クイズ番組としては歴代最高視聴率の42.2%を記録。「クイズ面白ゼミナール」(1982年、1983年放送)を天野が見る。

2025年5月26日放送 23:45 - 23:50 NHK総合
アナウンサーの100年(アナウンサーの100年)
高橋圭三アナの「事実は小説より奇なり」や宮田輝アナの「おばんでございます」など司会者たちの決め台詞には時代を超えてアナウンサー達に受け継がれるものがあった。これまで主にニュースなどを担当していた松平定知は連想ゲームで司会をすることになり先輩である鈴木健二に挨拶しに行った時に「君は君の風を恐れず吹かせなさい」と言われたという。どう番組へ誘うかを常に考えていた鈴[…続きを読む]

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