新潟県糸魚川市能生にある新潟県立海洋高等学校は魚や海について学ぶ水産高校。創部127年の相撲部は全国大会の常連。インターハイでは個人優勝や団体3位の実績がある。部員は現在8人。さらに近隣の中学生も稽古に加わる。指導するのは田海哲也総監督。全国から集まる子どもたちの才能を見出し育ててきた。横綱・大の里もその1人。当時中学3年生の大の里の映像を紹介。稽古開始は午後4時半。稽古では徹底した下半身強化に取り組む。この時指導していたのが顧問・村山大洋監督。田海総監督は取材時、体調を崩し入院していた。キャプテンは高校3年生の多田福之助さん。将来の夢は大相撲の力士。もう1人の3年生・湯浅空人さんは相撲の指導者になりたいと思っている。2人は幼なじみでもある。湯浅さんを相撲に誘ったのは多田さん。練習がきつくて辞めようと思った時に引き止めてくれたのも多田さんだった。以来2人は切磋琢磨しながらたくさんの壁を乗り越えてきた。2人の目標はインターハイ団体優勝。
彼らが暮らすのは元旅館で今は学生寮になっている「かにや旅館」。総監督の自宅でもあり、相撲部8人と一般寮生13人が生活をしている。部員たちを迎えてくれるのは総監督の妻・恵津子さん。総監督とは幼なじみ。寮母として20年余り、たくさんの子どもたちを見てきた。部員たちにとって第2のお母さん。夕食の時間、体を大きくするために食事も大事な稽古。ご飯は1人1日3キロ以上。当時、大の里も激盛りの丼ご飯を平らげていた。大量の米や食材は企業や町の人からの差し入れで賄われている。高校2年生の関谷逞さんは差し入れに対する感謝をしたためた礼状を書いていた。夕食から約1時間後、夜食に各自で食べたいものを作るという。相撲部の朝は早く、午前6時起床で掃除、体重計測、朝ごはんの準備。恵津子さんは寮生21人分の弁当作り。
缶詰作りの実習が終わって昼休み。相撲部員は弁当を食べまくる。今度は相撲部顧問の先生が用意してくれたご飯とおかずで2度目の昼食。朝・昼・昼・夜・夜食の1日5食。インターハイを1か月後に控えたこの日、稽古中に多田キャプテンが右膝を痛めた。もう1人の3年生・湯浅さんにプレッシャーがのしかかる。寮に戻ると恵津子さんも心配そうに声をかける。迎えたインターハイ当日。各県の予選を勝ち抜いた選手たちが和歌山県に集結。3日間で個人・団体の戦いを繰り広げる。団体戦は47校が予選を戦い、上位32校が決勝トーナメントに進む。新潟県立海洋高校は3戦全勝で決勝トーナメントへ駒を進めた。決勝トーナメントはベストメンバー5人で臨む。多田さんの右膝の状態は痛み止めを飲みながらの出場となった。1回戦の相手・東京都の足立新田には3勝し勝利をもぎ取った。ベスト16の相手は優勝候補の一角、和歌山県代表の箕島高校。5戦全敗で新潟県立海洋高校はベスト16に終わった。団体戦優勝は鹿児島実業高校。50年ぶりの日本一に輝いた。湯浅さんは「他の高校に行っていたらこんな気持ち味わえなかった」と語った。小学生の頃から一緒に歩んできた2人はこれから別々の道へ進む。
彼らが暮らすのは元旅館で今は学生寮になっている「かにや旅館」。総監督の自宅でもあり、相撲部8人と一般寮生13人が生活をしている。部員たちを迎えてくれるのは総監督の妻・恵津子さん。総監督とは幼なじみ。寮母として20年余り、たくさんの子どもたちを見てきた。部員たちにとって第2のお母さん。夕食の時間、体を大きくするために食事も大事な稽古。ご飯は1人1日3キロ以上。当時、大の里も激盛りの丼ご飯を平らげていた。大量の米や食材は企業や町の人からの差し入れで賄われている。高校2年生の関谷逞さんは差し入れに対する感謝をしたためた礼状を書いていた。夕食から約1時間後、夜食に各自で食べたいものを作るという。相撲部の朝は早く、午前6時起床で掃除、体重計測、朝ごはんの準備。恵津子さんは寮生21人分の弁当作り。
缶詰作りの実習が終わって昼休み。相撲部員は弁当を食べまくる。今度は相撲部顧問の先生が用意してくれたご飯とおかずで2度目の昼食。朝・昼・昼・夜・夜食の1日5食。インターハイを1か月後に控えたこの日、稽古中に多田キャプテンが右膝を痛めた。もう1人の3年生・湯浅さんにプレッシャーがのしかかる。寮に戻ると恵津子さんも心配そうに声をかける。迎えたインターハイ当日。各県の予選を勝ち抜いた選手たちが和歌山県に集結。3日間で個人・団体の戦いを繰り広げる。団体戦は47校が予選を戦い、上位32校が決勝トーナメントに進む。新潟県立海洋高校は3戦全勝で決勝トーナメントへ駒を進めた。決勝トーナメントはベストメンバー5人で臨む。多田さんの右膝の状態は痛み止めを飲みながらの出場となった。1回戦の相手・東京都の足立新田には3勝し勝利をもぎ取った。ベスト16の相手は優勝候補の一角、和歌山県代表の箕島高校。5戦全敗で新潟県立海洋高校はベスト16に終わった。団体戦優勝は鹿児島実業高校。50年ぶりの日本一に輝いた。湯浅さんは「他の高校に行っていたらこんな気持ち味わえなかった」と語った。小学生の頃から一緒に歩んできた2人はこれから別々の道へ進む。
