パレスチナ・ガザ地区での大規模な軍事衝突が始まってからあすで3年となる。イスラエル側からはガイ・ギルボア=ダラルさんを紹介する。人質としてガザに拘束されていた方だ。軍事衝突の発端となった3年前のハマスによる奇襲攻撃ではイスラエル側に越境したハマスの戦闘員などは約1200人を殺害した。ガイさんはガザとの境界近くで行われていた音楽イベントに参加していたところ連れ去られた。人質となったのは合わせて約250人。このうち約170人が最終的に解放されたが80人余りが亡くなったとみられている。ガイさんはあの日から738日、実に2年以上にわたり拘束された。解放されたのは去年10月になってからだった。そのガイさんがこの度来日し会見を開いた。ガイさんは「人質になる前は『自由』の意味を理解しているつもりだった。どこに行きどこに住み何を信じるか人は『自由』を大きな概念でとらえるものだ。拘束されて『自由』は小さなことから始まると知った。動けること・飲食できること・トイレに行けることが『自由』を意味した。4人が1つの部屋の四隅に座らされ話すことも身動きもできずに壁だけを見るように命じられた。食べ物は1日にパン1枚のみ、暴力も受けた。その状態で長い間拘束されていたので体は急速に衰弱した。立ち上がると目の前が真っ暗になり常にめまいがして話すこともできなかった。さらに見張りの1人に性的暴行を受け誰かに話したら殺すと脅された。」などと語った。日本の文化やアニメに惹かれていたガイさんは極限状態でも気を強く保つために支えとなっていたのが日本とのつながりだったそう。去年10月に解放されたガイさんだが、1年がたつ今もPTSDに苦しみ元の生活に戻るのは簡単ではないという。ハマスによる襲撃で取り返しがつかないほどの傷を負ったガイさんはトラウマに苦しみながらも歩みを進めようとしている。会見の最後にハマス、ガザの市民に対しどんな思いを持っているか聞かれたガイさんは「自分の経験について話すために来ている。政治的な質問には答えられない。」と答えた。3年前のハマスらによる奇襲攻撃はガイさんはもちろん、イスラエル社会全体にとって深いトラウマになっている。注目したいのは「ホロコースト」。ハマスの攻撃についてイスラエルの指導者や人質の家族などから“これは第二のホロコーストだ”という言葉が聞かれた。これはイスラエル人にとって600人が殺されたホロコーストというのは唯一無二の大惨事。イスラエルの人々はこの表現が比較に使われるのを極端に嫌う傾向がある。にもかかわらずこの言葉が飛び出すことが衝撃の大きさを物語っている。いまは停戦中だが、名ばかりでガザの死者は増え続けている。
