香港は世界中の人々を引き寄せてきた国際都市として知られているが、中国の影響が強まる中でも多様性をとどめた場所がある。香港随一の繁華街チムサーチョイより中継。この一帯には高級ホテルやショッピングモールが建ち並んでいて、週末は大勢の観光客で賑わうエリア。それとは対照的なのが17階建ての雑居ビル。1961年に建てられ老朽化が進んでいるが、周辺の再開発が進む中でも変わらない佇まいを残している。正面の入口を見ると、重慶大厦(CHUNGKING MANSIONS)と書かれている。この建物は、世界的にヒットした香港のウォン・カーウァイ監督の映画の舞台になったこともある。注目すべきはその多様性。様々な人種、民族の人たちの姿が見受けられる。チョンキンマンションは世界で最もグローバルな建物としても知られているが、香港の多様性の象徴として守っていこうという取り組みが進められている。チョンキンマンションの中に入ると、外貨両替店、スーパーマーケット、レストランなど約120の店が軒を連ねている。商売する人たちのルーツは南アジアやアフリカを中心に約80か国にのぼる。かつてイギリスの統治下にあった香港。英語が通じ比較的自由に渡航できた国際都市には、より良い生活を求めて世界中から多くの人たちが移り住んだ。チョンキンマンションは手頃な家賃と緩やかな管理で知られ、いつしか様々なルーツを持つ人たちが共存するようになった。上層階には格安で泊まれるゲストハウスが入り、旅行者の間でも広く知られるようになった。
かつてこの場所を訪れた作家・沢木耕太郎は代表作の「深夜特急1 香港・マカオ」で混沌とした雰囲気を独特の表現で描き大きな反響を呼んだ。チョンキンマンションができてから60年余。中国返還後も一国二制度の下、一定の自由な往来は維持され、香港を訪れる人たちをこの建物は変わらず受け入れてきた。香港で生まれ育ったインド系のジェフリー・アンドリュースさんはこの場所を香港の多様性の象徴として守っていこうと活動している。ここでソーシャルワーカーとして働くアンドリュースさんがこの仕事を志したきっかけはかつての経験にあった。異民族への偏見や差別が根強かった10代の頃、孤立を深めて犯罪に手を染め逮捕された。この時すぐに駆けつけてくれたのが地域のソーシャルワーカーだった。チョンキンマンションの最上階にある難民センターでアンドリュースさんは民族対立や政治的な迫害などを理由に香港に逃れてきた人々の支援にあたっている。民間の寄付で運営し、食事や日用品の提供、技能訓練・学習支援を行っている。2019年に起きた民主化を求める大規模なデモで連日デモ隊と警察が衝突する中、アンドリュースさんたちは市民に水を配って連帯の意思を示した。その後、多くの市民がチョンキンマンションを訪れるようになり交流の輪が広がっていった。アンドリュースさんは2019年以降、建物を案内するツアーを開催。これまでに約1万人が参加し、香港の独自性を見つめ直す場になっている。様々な人たちが支え合いながら生きるチョンキンマンション。時代が大きく変わる中でもその価値は今も息づいている。
かつてこの場所を訪れた作家・沢木耕太郎は代表作の「深夜特急1 香港・マカオ」で混沌とした雰囲気を独特の表現で描き大きな反響を呼んだ。チョンキンマンションができてから60年余。中国返還後も一国二制度の下、一定の自由な往来は維持され、香港を訪れる人たちをこの建物は変わらず受け入れてきた。香港で生まれ育ったインド系のジェフリー・アンドリュースさんはこの場所を香港の多様性の象徴として守っていこうと活動している。ここでソーシャルワーカーとして働くアンドリュースさんがこの仕事を志したきっかけはかつての経験にあった。異民族への偏見や差別が根強かった10代の頃、孤立を深めて犯罪に手を染め逮捕された。この時すぐに駆けつけてくれたのが地域のソーシャルワーカーだった。チョンキンマンションの最上階にある難民センターでアンドリュースさんは民族対立や政治的な迫害などを理由に香港に逃れてきた人々の支援にあたっている。民間の寄付で運営し、食事や日用品の提供、技能訓練・学習支援を行っている。2019年に起きた民主化を求める大規模なデモで連日デモ隊と警察が衝突する中、アンドリュースさんたちは市民に水を配って連帯の意思を示した。その後、多くの市民がチョンキンマンションを訪れるようになり交流の輪が広がっていった。アンドリュースさんは2019年以降、建物を案内するツアーを開催。これまでに約1万人が参加し、香港の独自性を見つめ直す場になっている。様々な人たちが支え合いながら生きるチョンキンマンション。時代が大きく変わる中でもその価値は今も息づいている。
