TVでた蔵トップ>> キーワード

「プリシュティナ(コソボ)」 のテレビ露出情報

コソボ紛争 25年間の記録。アルバニア系住民の青年ラマダンさんについて取材してきた右田氏は「コソボ紛争で難民が80万人出たというニュースで緊急報道の形で難民キャンプに入ったのがラマダンさんとの出会い。難民キャンプの状況は過酷で悲しみに溢れていた、衛生状態も大変だった。そうした中でラマダンさん一家は配給でもらったコーヒーやチョコレートなどを私達に惜しみなく与えてくださるというか、自分たちがどれほど辛い状況でも、もてなす気持ちを持ってくださったことに心を鷲掴みにされたという感じで。この人たちがもう一度コソボに帰って笑顔になる姿を見たいというのが最初の取材の動機だった。その後も何回かコソボには取材に行っていた。いまみなさんからお話を聞きたいと思ったのは世界ではウクライナ、ガザと続いている中、コソボの人たちがいま何を語ってくださるかというのを聴きたくて伺った」などコメント。
右田氏が取材したときの映像を紹介。右田氏は「私たちが取材を始めたのは約25年前、紛争のさなかのこと。アルバニア系住民の難民キャンプで出会ったのは当時18歳だったラマダン・レバヤさんだった。過酷な状態の中でも人のためにテントを建てていたラマダンさん。思いやりの溢れた眼差しが心に深く残った。NATO空爆が約3か月続いた結果、セルビア側は撤退。故郷コソボに帰ったラマダンさんを訪ねると笑顔はなかった。打ち明けてくれたのは兵士だったという事実。紛争中ユーゴスラビア軍と戦ったコソボ解放軍の兵士だった。戦場で仲間の死に直面。自分も相手を殺したかもしれないという。さらに兄のように慕っていた2人のいとこをセルビア側に生きたまま焼かれ殺された。ラマダンさんは戦場の記憶に苦しみ続けていた」と伝えた。
右田氏が取材したときの映像を紹介。右田氏は「2005年に再び訪ねるとラマダンさんは体まで蝕まれていた。戦いの中で負った傷が悪化していた。その後戦場が原因の感染症が内蔵にまで広がり、父親から腎臓移植を受けたという。治療の費用を工面するため、家族は家を売った。紛争のあとラマダンさんの心を支えたのは紛争の翌年に生まれたレオナさんだった。レオナさんのためにラマダンさんは懸命に仕事を探したが、失業率が高い中病気がちな体では満足な仕事が見つからなかったという。このままでは家族を養っていけないとラマダンさんは追い詰められていた。2008年、 コソボが独立。アルバニア系住民が実験を握った。首都プリシュティナにはNATO空爆を主導したアメリカ・クリントン元大統領の写真や像があった。一方、少数派であるセルビア系住民が集まって暮らす北部の地域では25年経った今も民族間のkん長が続いている。衝突がたびたび起きNATO主体の治安維持舞台が駐留している。そして去年、ラマダンさんはどうしているのか訪ねると会えたのは妻・ルリエタさんと娘のレオナさんだけだった。ラマダンさんは病気を背負った身でドイツへ働きに行っているという。娘のレオナさんはまもなく結婚することが決まっていた。今月、ラマダンさんと20年ぶりに再会。娘の結婚式のためにドイツから帰ってきていた。いま、娘の結婚を前に何を思うのか。結婚式の日、レオナさんを送り出すラマダンさん。最後に“力をもらった”と声をかけた」などコメント。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月29日放送 16:05 - 17:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン蔵出しセレクション
「時をかけるテレビ」より「隣人たちの戦争~コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々~」を紹介。旧ユーゴスラビアが分裂した中の一部であるコソボ自治州は少数派のセルビア系と多数派のアルバニア系が共存する地域だった。ただ1998年に両者の対立が激化し、NATO軍が国連安保理の承認を得ないまま軍事介入した。結果的にセルビア側が敗退してアルバニア系がコソボの実験を握った。[…続きを読む]

2024年12月17日放送 5:20 - 8:00 TBS
THE TIME,ニュース関心度ランキング
親世代がハマったおもちゃは令和のキッズも夢中になっている。リバイバル現象を取材した。コソボにはサンタクロースが集結、英国・ロンドンでも募金活動の一環で1200人のサンタクロースがサイクリングした。日本では青森中央郵便局でサンタさんへの手紙をツリーに飾り付けした。東京ディズニーランドでは「ビビディ・バビディ・ブティック」が4年ぶりに再開、ディズニープリンセスに[…続きを読む]

2024年9月19日放送 23:00 - 23:59 日本テレビ
news zero(ニュース)
米国の研究機関「クライメート・セントラル」によると今年の夏は世界の4人に1人が当たる20億人以上が健康被害の出るレベルの危険な暑さに30日以上さらされていたことが分かった。特に日本は1970年以降最も暑く12都市で50日以上危険な暑さに見舞われたと分析されている。明日も都心は36度の猛暑日が予想されている。

© 2009-2025 WireAction, Inc. All Rights Reserved.