明治製菓は1946年にペニシリン製造から医薬品事業をスタートし、1950年から海外輸出を開始した。Meiji Seika ファルマ 岐阜工場は1971年にペニシリン原薬工場として操業を開始した。プラザ合意により円高が進行し、ペニシリンは中国との価格競争で窮地に陥った。1988年に原価低減プロジェクトを立ち上げ、永里社長はそのメンバーに選ばれた。1994年にペニシリンの国内製造から撤退し、日本国内でペニシリンを製造する会社はなくなった。一方で抗菌薬の原材料で世界トップになった中国は、ペニシリンなどを大量に生産し世界20か国以上に輸出している。日本も抗菌薬の原料のほぼ100%を中国からの輸入に頼っている。
