ソチカルコの考古遺跡地帯が世界遺産に登録されたもう一つの理由が古代の異文化交流。7世紀から数百年間、当時は小さな国同士が争っていた。6世紀以前はテオティワカンが支配していたが衰退していった。その文化は後に他の国々に影響を与えており、ソチカルコの考古遺跡地帯ではテオティワカンでもあった羽毛の生えた蛇の神殿が存在する。この神殿は実は3重になっており支配者が変わるたびに増築されたとも考えられている。またソチカルコはマヤ文明の都市とも関わりがあり神殿にはマヤ文明の人物と思われるのが描かれている。マヤ文明の人々は天文などの知識を与えた他、ある儀式も伝えたと考えられている。