国家予算約324億円のプロジェクトが5年がかりで動き出した。金沢や篠原、通信会社や国が一体となり、まずケーブルを繋ぐ陸上局の設置から始まった。万が一被災しても他の陸上局からデータを届けられるように万全を期して5箇所設置する計画を立てた。そこには苦い教訓があった。あの日いち早く津波を捉えた釜石沖のデータ。しかし地震発生から30分後、津波が陸上局を破壊しデータが途切れてしまった。陸上局の設置には漁業者の理解が欠かせず、一筋縄では行かなかった。限られた予算では補償金も支払えず、被災した漁師たちには受け入れがたい話しだった。
先の見えない状況に金沢たちは焦りを覚えた。すがるような思いで訪れた宮城県亘理町。宮城県漁業協同組合の会長・菊地は金沢に不信を抱いたが、陸上局の設置を許可した。その裏には亘理町では306人が犠牲になり、6人の漁師仲間を失っていたためだった。ただ問題が1つあった。海底ケーブルと陸上局を結ぶルート上で復興の防潮堤工事が始まろうとしていた。菊地は町長や役場の担当者に直談判し、ケーブルを敷く許可を得て突貫で工事を行った。そして菊地の決断を皮切りに次々と協力を名乗り出る自治体や漁協が現れ、東日本の沿岸で陸上局の設置が進んでいった。
先の見えない状況に金沢たちは焦りを覚えた。すがるような思いで訪れた宮城県亘理町。宮城県漁業協同組合の会長・菊地は金沢に不信を抱いたが、陸上局の設置を許可した。その裏には亘理町では306人が犠牲になり、6人の漁師仲間を失っていたためだった。ただ問題が1つあった。海底ケーブルと陸上局を結ぶルート上で復興の防潮堤工事が始まろうとしていた。菊地は町長や役場の担当者に直談判し、ケーブルを敷く許可を得て突貫で工事を行った。そして菊地の決断を皮切りに次々と協力を名乗り出る自治体や漁協が現れ、東日本の沿岸で陸上局の設置が進んでいった。
