- 出演者
- 矢作兼(おぎやはぎ) 繁田美貴 狩野恵里 ビビる大木 西田尚美 照英 山内惠介 みちお(トム・ブラウン) 大友花恋 布川ひろき(トム・ブラウン) 佐々木美玲
宮交仙台高速バスセンターで、弘前に住む祖母の自宅に行くという中学2年生のやまとさんと、小学6年生のたいらくんの兄弟を取材した。2人が乗ったバスが前沢サービスエリアで停車し、売店でハイチュウを購入した。2人が乗ったバスが弘前に到着して、出迎えに来た祖父が運転する車に乗った。兄弟の祖父の大和田强さんは、弘前大学で事務の仕事をしていた。
やまとさんとたいらくんが、祖父母の自宅に到着した。大和田家には、子どもや孫たちが帰省していた。大和田家のまわりには、自然がたくさんある。大和田さん夫妻は弘前大学の職員で、職場で知り合って結婚した。大和田さんは、畑で野菜やりんごを栽培している。大和田家の人たちが、夕食を食べた。食後に孫たちが、花火で遊んだ。大和田强さんの誕生日を、子どもや孫たちがお祝いした。
北千住駅で街頭インタビューし、東京電機大学の学生の細川さんの自宅を取材することになった。北千住駅から細川さんの自宅まで、タクシーで移動した。細川さんの自宅で、冷蔵庫の中身をチェックした。細川さんが、マッチングアプリでモテたいと語った。
大学生の細川さんが、マッチングアプリで出会った人に40万円をとられた事件を語った。細川さんは睡眠時無呼吸症候群で、自宅にシーパップの機械がある。細川さんは、朝起きられずに留年した。細川さんは大学で、部活動の取りまとめを行う委員会の委員長をしているが、横領事件に巻き込まれてしまった。細川さんには、マッチングアプリで知り合った彼女がいる。
番組で取材した細川さんが、彼女にフラれてしまった。
久留米の繁華街で街頭インタビューして自宅を取材させてくれる人を探して、仁田原さんが自宅を取材させてくれることになった。文化街商店街から仁田原さんの自宅まで、タクシーで移動した。仁田原さんは、養蜂家の仕事をしている。仁田原さんの自宅に到着したところ、ペットのラブラドールが出迎えた。仁田原さんは、保護犬・猫を飼っている。仁田原さんは、よもぎ蒸しが日課。仁田原さんの仕事場の養蜂場を取材した。仁田原さんのお母さんはフィリピン人で、3歳から日本で暮らしている。仁田原さんの父親は、胃がんで亡くなった。仁田原さんが読んでいる本を紹介した。仁田原さんは高校生のころに妊娠して、高校を中退した。
仁田原さんは高校1年で妊娠し、高校を中退した。仁田原さんは17歳で家出して、親元を離れたことで家族の大切さを知った。仁田原さんは、にたばる養蜂場を経営している。
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- にたばる養蜂場
埼玉県所沢市の温泉施設「King&Queen」には、飛び込める巨大水風呂がある。King&Queenの利用者らにインタビューして、もりかわさんが自宅を取材させてくれることになった。
もりかわさんの自宅を取材。もりかわ家は賃貸で、家賃は220000円。もりかわさんは、中野でカフェを経営していて、夫はシステムエンジニアのマネジメントをしている。もりかわ家には、14歳の息子が2人いる。
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- 中野区(東京)
あきくんが、亡くなった母親について語った。もりかわさんが、あきくんの里親となる法的な手続きが大変だったと語った。もりかわさんは、あきくんの祖父母の気持ちを考えて法律上の親子にならない道を選んだ。あきくんが、もりかわさんたちは家族として接してくれると語った。
群馬県桐生市で開催された第39回「くろほね夏まつり」。現地は2005年に桐生市と合併した人口約1400人の町で、元々は「黒保根村」だった。ここで出会った、てつおさんは68歳。30歳で離婚して以来一人暮らし。自宅は持ち家で築150年以上。元八百屋だったが、店を閉める際に自給自足をしたいと話したら客が無償で譲ってくれたという。手作りの露天風呂や菜園で野菜を作るなど、自給自足を実践している。テレビ東京の「ナゼそこ?+」を観て憧れたという。てつおさんはセカンドライフを満喫していた。
大友花恋さんは群馬について、「群馬県人会のLINEグループがあり、最近は櫻井翔さんも入ってくださった。ただ、女子が少ないので募集中です」とコメントした。
今回はかずよさん(90)のお家にお邪魔する。かずよさんは週3日は介護のデイサービスへ行っているとのこと。娘が2歳の時にご主人が亡くなり、1人で育てた娘が嫁に行って、子ども2人授かった。昼と夜に働いて生計を立てて板とのことで、昼は事務員で夜は皿洗いをしていたとのこと。50年も同じ服を洗濯して着ているが、戦争中はオシャレなど出来なかったとのこと。かずよさんが当時住んでいた岩国には陸軍製油施設があったため、何度も空襲を受けたとのこと。戦争が終わった日は、防空壕へ向かっていたが、大人が来ずに「戦争が終わったの。負けたの日本が!」と泣いていたとのこと。好きな洋服に身を包み、好きな曲を歌える今、生きていて良かったと語った。
湯川温泉の近くに住んでいるという冨田さんの家についていくことに。富田さんは2024年に起きた能登半島地震で経営していたカラオケ喫茶や自宅が倒壊してしまい、今は亡くなった夫の実家に1人で住んでいるという。間取りは2LDKで持ち家、築40年以上。飾っていた多くの人形は震災後10分の1まで減ってしまった。また、息子にもらった50型のテレビも地震で壊れ、いまはカラオケ喫茶のテレビを使用している。そんな中、仏壇は無事に残っていた。富田さんは亭主関白だった夫に毎日泣かされていたという。
西川貴教さんが主催するイナズマロックフェスでトップバッターを務めた山内さんは出店の生ビールが美味しかったなどと話した。
冨田家は山菜もとれる。フクラギの刺身とご飯をいただいた。冨田さんは、娘さんは20歳で産んだという。親の言うまま10歳年上の夫と結婚したのだそう。旦那さんは短気だったそうで、毎日泣いていたが、子どもがいるため離婚は考えなかったという。そして、62歳の時に旦那が胃がんになったと明かした。
