1943年、現在の新潟県五泉市に村松陸軍少年通信兵学校が開校。無線などを扱う少年通信兵を目指して10代の少年が全国から集まった。しかしほどなくして戦況は悪化し、1944年元少年通信兵・大口さんの1期先輩315人がフィリピン方面に出兵。少年通信兵を乗せた3隻の船のうち2隻は洋上で撃沈し116人が死亡。出兵前に終戦となり戦地に赴くことはなかった大口さんは、「語り部」として少年通信兵の悲劇を講演してきた。
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