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「人間国宝」 のテレビ露出情報

取材をはじめたのは去年夏。突然、鐘を鳴らしはじめた。人間国宝は無邪気な人だった。関西の上方歌舞伎をルーツとする仁左衛門、毎年7月は大阪で舞台に立つ。演目は一谷嫩軍記 「熊谷陣屋」、源平合戦で活躍した武将・熊谷直実の悲劇の物語。25歳ではじめて務めて以来、13度目。だが、慣れた役をこなす様子は微塵もない。やりきれなさが滲む場面、仁左衛門の目には涙。涙で感情を現す歌舞伎役者は稀だが、仁左衛門は稽古から役に入り込み涙する。伝統の型を越え、その先へ。仁左衛門は型に習うだけでなく、魂に触れる歌舞伎を探求してきた。チケットは完売、初日をむかえた。無情を嘆き熊谷は出家する。仁左衛門はその人生を務めきった。初日を終えた仁左衛門に1分あだけという条件でインタビューが許された。仁左衛門は回数を重ねて芝居が変わっていく、完成なんてはるかかなた、かげろう、追いかけても追いかけても届かない、死ぬまでが修業、だからやっていられるんだ、と話した。仁左衛門は芝居を撮影し、自宅で見返しているという。探求は演技だけにとどまらず、舞台での浄瑠璃や三味線にいたるまで余念がない。三味線も玄人の仁左衛門はテンポや音の強弱も指摘する。舞台の隅々まで理解してはじめてできる芸当、ここまで事細かく伝えらえる役者は稀だという。この日は大道具との打ち合わせに立ちあった。仁左衛門は演目上重要な池をもっと大きくできないかという。
歌舞伎が好きと言い切る仁左衛門には足繁く通う場所がある。歌舞伎の家の生まれではない歌舞伎役者たちの稽古。歌舞伎界の底上げになると20年前から力を入れてきた。この日はまた別の役者たちの自主公演の稽古へ。芸は盗めと言われるこの世界、だが仁左衛門は惜しみなく全てを伝える。お客さんの心を打ってこそ、という言葉を繰り返す。大好きなな歌舞伎をもっと好きになってもらいたいと、午前の公演が終わるやいなや舞台裏で指導する。
仁左衛門には大阪に来るたびに訪ねる寺がある。兄が眠る片岡家の墓。本名・孝夫さんは1944年に歌舞伎の名門・片岡家の三男として大阪に生まれた。父は十三代目 片岡仁左衛門。舞台に立ちはじめたのは5歳のとき。歌舞伎役者として決定的な弱点・きつ音があった。鏡の前で毎日、口の開け方や舌の動きを練習した。当時、上方歌舞伎は映画やテレビの人気におされ興行が減り続けていた。歌舞伎を止めるべきか悩んでいたとき、歌舞伎の家の生まれではない役者たちの自主公演に足を運んだ。そして、歌舞伎で生きていくことを決めた。家族総出でチケットを売り歩き、芸を磨いた。この道で生きていく心構えを教えてくれたのは父だった。父の教えにならい、三味線や浄瑠璃の流れまで細かく覚え、自らの歌舞伎を練り上げていった。21歳で演じた「義賢最期」、25歳で演じた「仮名手本忠臣蔵」、評判が評判を呼んでいった。そして31歳の時、女形の坂東玉三郎さんと組んだ「桜姫東文章」が大当たり。人間の欲望や感情を生々しく演じ、歌舞伎役者として突き抜けた存在となった。47歳のとき、名跡・片岡仁左衛門を継いでほしいと言われた。三男の自分に継ぐ資格があるのか迷い苦しみ抜い果てに病に倒れた。肺膿胸と食道亀裂で生死も危ぶまれる事態となった。8か月の闘病の末、孝夫さんは一命をとりとめた。1年ぶりに舞台に復帰したとき、お客さんのありがたさを感じて嬉しかったという。1998年1月、仁左衛門の襲名披露が行われた。あれから28年、お客さんがいる限り仁左衛門は舞台に立つ。
2025年8月、仁左衛門は京都・北野天満宮を訪れていた。秋に務める菅丞相・菅原道真へのお詫びと感謝を伝えるためだった。歌舞伎座の三大名作の一つ「菅原伝授手習鑑」。主役の菅丞相は父の当たり役でもあった。至芸とまで言われ目がほとんど見えなくなっても演じていた、片岡家にとって大事な役。菅丞相は台詞や動きが極端に少ない。その中でいかに感情を表すか。今回はWキャスト、松本幸四郎が同じ役を務める。クライマックスは菅丞相の島流しが決まり、養女である苅屋姫と別れる場面。今生の別れ、台詞の全くない1分半の去り際。公演初日、満員電車。公演17日目、楽屋の撮影がはじめて許された。床の間には父から譲り受けた菅原道真を祀る北野天満宮の掛け軸があり、そこは聖域だった。仁左衛門は生かされた命をまっとうするために探求をやめない。仁左衛門はお芝居は気をつけないと手に入ってしまう、慣れっこになるのがいちばん怖いと話す。楽屋で帰りを待っているとき、突然の体調不良でふらつきを覚えたという。翌日、仁左衛門は休演、代役は松本幸四郎と発表された。千穐楽は3日後、仁左衛門はもう戻らないという声もあった。千穐楽、仁左衛門は帰ってきた。出演を決めたのは前日の夕方だったという。再び仁左衛門がカメラの前に姿を現したのは2週間後のことだった。5日後、仁左衛門は次なる舞台に挑んでいた。きょうも役と向き合う、客席に座るあなたに届けるために。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月24日放送 13:50 - 14:50 NHK総合
土スタ芸術の秋!一番身近な美術館 「日曜美術館」50周年記念SP
2024年7月7日の放送で、坂本は石川県にある川北良造さんの工房を訪ねた。川北さんは木工芸の人間国宝で、木目の美しさが作品の特徴。黒い模様が入った柿の木を使った作品を紹介。柿の木は川北さんが50年前に植えたものだった。

2026年10月21日放送 12:20 - 12:30 NHK総合
みみより!解説(みみより!解説)
人間国宝に新分野「生活分野」どう継承?をテーマに高橋解説委員が解説する。人間国宝は国が重要無形文化財に指定した技を持つ人、歴史の中で特に価値の高い技が選ばれ、能楽・歌舞伎などの「芸能」、陶芸や染織などの「工芸技術」2分野がありこの中の「個別のわざ」の保持者が人間国宝となる。文化庁によると10月16日現在で108人がいる。新分野「生活文化」文化芸術基本法には「[…続きを読む]

2026年10月9日放送 23:58 - 0:04 テレビ東京
DOORS人生の鍵をくれた人(DOORS人生の鍵をくれた人)
24歳で入門した神田伯山は前座仕事がからっきしで、周囲は「前座仕事ができないポンコツ」と囁いた。神田伯山の人生のトビラを開いた言葉は、本題に入る前の前振りであるマクラをやり続ける伯山を見かねた客に「あいつは辞めさせたほうがいい」と言われた師匠・神田松鯉が言った「俺の弟子なんだからあんたに言われる筋合いはない」という言葉。2012年に前座から二ツ目に昇進すると[…続きを読む]

2026年10月3日放送 9:25 - 10:30 日本テレビ
ぶらり途中下車の旅生瀬勝久のぶらり旅
山口体験美術館を訪れた。アーティストの支援を続けてきた館主・山口伸廣さんのコレクションが展示され、特に人間国宝の作品の数は100点。芸術に見るだけでなく触れて親しめる。生瀬は人間国宝の鈴木藏が作った志野茶碗で抹茶を味わい、お皿の絵付け体験をした。

2026年8月18日放送 19:00 - 21:00 テレビ朝日
プラチナファミリー小泉孝太郎&高嶋ちさ子 華麗なる一家をのぞき見 2時間SP
新宿区に暮らす扇藏さんの自宅へ潜入。300年続く家業で代々扇藏の名を受け継いでいるという。1階は仕事場、2階は自宅、3・4階は賃貸で貸しているという。父・十代目扇藏さんは人間国宝とのこと。

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